見出し画像

書籍レビュー『家日和』奥田英朗(2004~2006)大きな事件はなくてもおもしろい日常



「平成の家族小説」シリーズ1作目

本作を手掛けた奥田英朗は、
20代の頃から好きな作家でした。

以前、「エッセイの研究」
というシリーズで、
彼のエッセイを
取り上げたことがありましたが、

意外にも note にやってきてから、
奥田英朗の作品をメインで
取り上げるのははじめてです。

本書は短編集で、
各話につながりはありませんが、
「平成の家族小説」シリーズの
1作目という扱いのようです。

【収録作品】
サニーデイ(2005)
ここが青山せいざん(2006)
うちにおいでよ(2006)
グレープフルーツ・モンスター
(2004)
夫とカーテン(2005)
妻と玄米御飯(2006)

※いずれの作品も初出は『小説すばる』

大きな事件はなくても
おもしろい日常

『家日和』というタイトルも
示しているように、

本書に収録された作品はいずれも、
日常の何気ないドラマを
描いた物語です。

私がはじめて読んだ奥田英朗の小説は
『東京物語』という作品でした。

『東京物語』(2001)

タイトルのとおり、
若者が上京し、
そこで成長していく物語です。

その頃の私は
今ほど小説を読んでおらず、
この作品には衝撃を覚えました。

というのも、『東京物語』には
「上京」という大きなイベントは
あるものの、

特に、大きな事件が起こったり、
起伏に富んだ展開が
あるわけでもないんです。

ある意味では、普通の日常が
淡々と描かれていくタイプの
作品なんですよね。

当時の私はこの手の作品を
読んだことがなく、

「何も起こらないのに、
 なんでこんなにおもしろいんだ!?」
という衝撃を受けたんですね。

以来、奥田英朗の作品を
いくつも読んできましたが、
同じような読み応えの作品は
多くありました。

本書『家日和』に収められた
すべての短編も
『東京物語』と同じく、

取り立てて大きな出来事はないのに、
なんだか読む手が止まらない、
不思議な魅力に満ちています。

人間誰しも叶わぬ
「欲」にまみれている

それぞれの短編について、
軽く内容を紹介しましょう。

「サニーデイ」は
ネットオークションを
はじめた主婦がハマってしまい、
彼女自身がどんどん変わっていく話。

「ここが青山せいざん」は、
勤めている会社が倒産し、
主夫に転向した男の話。

うちにおいでよ」は、
妻と別居した男が
自分の部屋を好きにしていい
自由を手に入れる話。

「グレープフルーツ・モンスター」は、
内職で仕事をしていた主婦が、
依頼元の営業マンを
意識するようになる話。

「夫とカーテン」は、
独立してカーテンのお店を
出そうと目論む夫と、
イラストレーターの妻の話。

「妻と玄米御飯」は、
小説家の夫と
ロハスにめざめた妻の話。

大抵、私の場合は、
短編集となると、
読んだそばから前の話を
どんどん忘れてしまう方なんですが、

本書に限っては、
それが当てはまりません。

どの話も持ち味が異なっていて、
どれも魅力的だったので、
鮮明に覚えています。

いずれのエピソードにも
共通しているのは、
「人間のおかしさ」を
描いているところです。

どんな人にも「欲望」があり、
それを人前であらわにすることは
ためらわれます。

だからこそ、本書に収録された
すべての物語に出てくる
人間の内面は、
読んでいておもしろいんですね。

文庫版の巻末に収録されている
エッセイマンガにも同じことが
書かれていましたが、

(巻末のエッセイマンガは、
 益田ミリ・作)

奥田英朗の作品には、
人の生活をのぞき見しているような
ドキドキ感があるんですよね。

しかも、それが大げさでなく、
淡々とした印象すらあるので、
余計にリアルに感じてしまうんです。

そして、本作にリアルさを感じるのは、
各短編の登場人物の年齢設定が

30代後半~40代前半という
私自身の実年齢と近いせいも
あったかもしれません。

もう一つ付け加えておくと、
私はこれらの短編の終わり方が
すごく好きです。

いずれの作品も続きがあるような
終わり方なんですよね。

描かれてはいないけれど、
登場人物たちの生活は
この物語が終わったあとも
続いているようで、

我々はそのほんの一部を
見せてもらっているような
感覚があります。

そのホッとするような
読後感は他の作品では味わえない
魅力的なものでした。

日常をテーマにした作品は
多くあっても、
ここまでのワクワク感がある作品は
なかなかないですね。

日常ドラマでワクワクしたければ、
奥田英朗に限ります。


【作品情報】
初出:『小説すばる』
   (2004~2006)
   (単行本 2007年/
   文庫版 2010年)
著者:奥田英朗
出版社:集英社

【著者について】
'59年、岐阜県生まれ。
’97年、『ウランバーナの森』で
作家デビュー。
代表作『邪魔』(’01)
『空中ブランコ』(’04)
『オリンピックの身代金』
(’08)など。

【関連記事】

この記事が参加している募集

サポートしていただけるなら、いただいた資金は記事を書くために使わせていただきます。