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鬱日記

こんばんは、夢見るコンサータです。本日2回目の投稿ですかね、前にサボった分です。最近、本当に悪夢しか見れなくて、気分が死んでるのであまり中身ないですけど、私の考えてる思ってる事を書きます。一日が終わって、私は自分の部屋へと帰ってベットに身体を潜り込ませるといつも色々なことを考えてしまいます、四六時中考え事をしていますが、その中でも夜は考え続ける時間だと感じてしまいます。考え事が多い私ですが実際、何を考え、どう感じるべきなのか全くわからないのです。多くの人々が笑顔で今日を終え、明日へと乗り越えて行きます。それは普通のことなのかもしれません。しかし、それが私にとっては難しく、自己自身を削るような感覚に陥ってしまいます。毎日の出来事が、私の内面を少しずつ刻み続け、自我が剥がれ落ちてしまう感じがします。どうして私がこのような痛みを感じるのでしょうか。理由が見つからず、毎日を足踏みしています。いつからこんなに苦しくなったのか、それすら自分では分からないまま時間は過ぎていきます。毎日毎日、同じ線を辿りながら、不安や失望、そして希望喪失感が増すばかりです。それに対して、周囲の人々は一歩一歩未来に向かって進み続ける。私だけが時の中で孤立して、痛みと闘っている感覚に取り込まれています。

明日が来るというのは、新たな希望で満たされるべき時間なのでしょうか。それともまた新たな試練の始まりなのでしょうか。明日が今日よりも辛くなるとしたら、私はどう生きていけばいいのでしょうか。

いつの間にか私の心は、疲労以外に何も感じることができなくなりました。友達や周りの人の笑顔は優しさに満ちているように見えますが、私にはそれがまるで遠くから眺める個別の風景のようにしか感じられません。今、私はただこの辛さと鬱を耐えるためだけに生きているのでしょうか。この痛みの終わりが見えない限り、私はどう生きていけばいいのでしょうか。もしかしたら、この痛みが私を確かな存在として認識させてくれているのかもしれません。しかし、それが生きることの全てだとしたら、一体何のために私はここにいるのでしょうか。それぞれの努力が報われない日々が続く中で、自問自答を繰り返すしか私には何も手立てがありません。誰か一緒に…

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