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アサガオの種です

私は会社員なので毎日会社に通っています。

独身気ままな一人暮らし。
オフィス街のビル陰にある単身者向けのマンションに住んでいます。

エントランスのドアを開くと近所の大企業に勤める人々がけわしい面持ちで目の前を通り過ぎて行きます。

そんな中、忘れ物をした小学生みたいに逆方向へと歩を進め、自分の勤める会社に向かうわけです。

地下鉄の駅まで徒歩5分。地下鉄には乗らずにバス停でバスを待ちます。

行き先番号を確認してバスに乗車。
約25分で会社の最寄りバス停に到着。
降りる頃にはほぼ貸し切り状態です。

バス停から徒歩1分で会社に到着。

普通は住宅街からオフィス街に通うのに、オフィス街から住宅街に通う私。

逆方向のバスは渋滞で遅れて来る上に満員ギュウギュウ状態。バスで通うのは面倒だけど、必ず座って通えるのは有難い。

前置きが長くなりましたが、私が働いている会社は住宅街のど真ん中にあるのです。

ここで働きだして7年くらい経ちますが、最近は運動不足を解消するために少し遠くまで歩いてお昼ご飯を買いに行くのが日課です。

前に働いてた会社の部長が「通勤ルートを毎日変えると脳に刺激が働くのでとても良い」的な事を朝礼で言っていたので、ご飯を買いに行くときも住宅街の迷路みたいな道路をあちこち曲がって目的地に向かいます。

個性色々の戸建て住宅やアパート、マンションなんかを眺めたり、植えてある植物を観察したり、赤ちゃんの元気な泣き声を聞いて微笑んだりするちょっと変な人になるわけです。

今日も良く晴れて日差しは強いけど爽やかな風が吹いて絶好のお散歩日和。

徒歩5分の所にある美味しいパン屋にサンドイッチを買いに出かけました。

鼻歌を歌いながらてくてく歩いていると、いつも通る家のガレージに不自然な丸椅子がポツンとある。

上に何か置いてある。

そして張り紙。

よく見ると小さな手作りの封筒に「アサガオ」と手書きされた小袋が沢山。

張り紙には


アサガオの種です
御自由にお取りください。

夏のかわいい花です。
沢山咲かせてください。
大小いろいろな大きさの花の種が入ってます。



とあった。

アサガオか。懐かしい。

アサガオといえば小学一年生の時に理科の授業でアサガオの種を植えて育てたよね。

日本の小学生なら必ず通る道。

夏休みの宿題で観察日記をつけるのだ。

アサガオの鉢植えは夏休み直前の参観日か面談日に、母親が自転車のカゴに入れて家まで持ち帰ってくれた気がする。

田舎だけど生徒数1400人くらいのマンモス校だったので、親たちはみんな自転車か徒歩で来てました。

持ち帰った翌日から夏休みが終わるまでの間、アサガオの観察日記がスタートする。

もちろん毎朝の水やりも忘れずにやる。

ついでに母親が育ててる植物たちにも池の水を汲んで柄杓でバシャバシャ水やりする。(当時自宅の庭に一畳ほどの地下水を使った池があった)

夕方になると水やりに加えて家の前の道に打ち水をする。

近所のババア達も風呂の残り湯なんかを同じ様にバシャバシャまく。

話が脱線してしまったけど、毎日アサガオの成長に合わせて鉛筆で鉢を描き、支柱を描き、弦を描き、葉っぱを描く。

書き終わったら色鉛筆でそれを塗る。

残念ながら花が咲くまでは弦と葉っぱのみ。
しばし退屈な日々が続く。

で、ようやく待ちに待ったつぼみが出来てその様子を描く。

葉っぱや鉢以外の色が使える瞬間がやってきたわけです。

それからはただひたすらに毎朝何個咲いたかを忠実に描き記すわけです。

生真面目な性格なので一日も欠かさずにやらないといけません。
(翌年の夏休みに日記をサボりすぎてページ隠滅事件を起こす。これはまたいつか)

毎年お盆の時期に母方の田舎に姉妹だけで泊まりに行くというイベントがあった。

その時もちゃんと母親に何個咲いたかを電話で教えて貰いつつ、おばあちゃんの家でアサガオの観察日記をつけるという徹底ぶり。

そんなやりとりを見てたであろうおじいちゃんおばあちゃんは嬉しかっただろうな。

何のタイミングでだったか忘れたけど、色鉛筆を無くしたか何かで(そんな筈ないと思うけど)アサガオの花を口紅を使って塗る母親の姿の記憶がある。

なぜ故に口紅を塗ったのか謎過ぎる母。

ウチの母の謎行動はいつもの事なのでね。

夏休みが終わってアサガオの観察日記は無事完成したかの記憶はありません。

先生に怒られた記憶がないのでちゃんと成し遂げたんでしょうね。

その場を離れ、アサガオに関する記憶のフラッシュバックで懐かしい気持ちに浸りながらパン屋でサンドイッチを買い、コンビニでコーヒー牛乳を買う。

帰り道は来た道とは違う道。

だけど妙に気になるんだよね。



「アサガオの種です」



ギギギと舵を切って手前の角を曲がってあのガレージに向かう。

あ、まだ置いてあった。(10分も経ってないし)

とりあえず思い出に写真でも撮ろうかな。

しゃがみこんでカシャっと写真を撮った瞬間。



「アサガオの種です~」



顔を上げると張り紙の作成者らしきスーツ姿の白髪のご老人がいつのまにか目の前に。

「どうぞ~ 持って帰って~ 今植えたらすぐ咲きますよ~」

「あっ!ハイ!一つ頂きますね~ ありがとうございまーす!」

あからさまに不審者だった私にも親切で優しい方でした。

これも何かの縁なんでしょうね。

この夏、36年ぶりにアサガオを種から育ててみたいと思います。

2021.6.25 初投稿

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