似ているものを比較する / 安野モヨコトークイベント
『鼻下長紳士回顧録』完結記念トークイベントで、安野モヨコ先生がこんなことを言っていた。
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漫画とイラストは全然違う。要素が違う。
漫画の一コマは2秒程度の出来事。今どういう状況なのか、そしてキャラクターの心情を描く。
イラストは、30分くらいのイメージ。背景や小道具などのディテールによりこだわる。一方人物に表情は必要ない。表情があると全体の情報が濃くなりすぎる。
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似ている二つのものを比較するときに、要素分解して、まったく異なる軸を使って説明する。
モヨコ先生がさらりと「具体」と「抽象」を織り交ぜながら要素分解されたことに驚いたし、異なる軸が「時間」であることも私には新しい表現だ。
時間に関する感覚は、人によって違う。けれども読者であれば、先生の言う漫画の一コマ「2秒」の意味も共通化しやすいだろうし、それと比較してかなり長時間であるイラスト「30分」は、情報過多を想像しやすい。
そして表面的には同じに見えやすいものを、その内容のメッセージや目的、構成、即ちモヨコ先生が言う要素が異なるという観点から、私の場合は......と前置きしながらも「全然違う」と言い切る姿に、仕事に真摯に向き合うポリシーのようなものを感じた。
他にもモヨコ先生からの想いというか、漫画家としての姿勢を(私が勝手に)感じ取ったメッセージは、たくさんある。
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「デビュー当時は、髪の毛を描くのが苦手だったの。それを担当編集にも指摘され、そこで上手な先生のアシスタントになって、何度も何度も練習して......今では髪の毛を描くことも好きになったなぁ。」
誰かから指摘され、それを受け入れる。これが私には難しいことが多い。「でも」「だって」と自分を守る気持ちではなく、「うまくなりたい」という気持ち次第で、行動に移せるかどうかが決まるのだ。
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「悪女の条件は眉毛の太さね。無意識に自己中心的にふるまえる女性は、眉毛が太い。」
なんという仮説......少しタレ目だったり、まつ毛が多い女性、髪の毛をキレイに巻いた女性。こういったところも悪女の条件では?という会場の声にも同意されているようにも見えたけど、モヨコ先生の中でのキメは眉毛らしい。
絵を描く人は、絵で情報を伝える。だから、この回答も「らしさ」が溢れていて、とても好き。
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「色彩は、基本はもちろん学んだけれど、あとは感覚もあると思う。たとえばオレンジとグレーはとても合うけれど、オレンジとプールの青みたいな強い青みは合わない......でも、もっと紫がかった青ならば合ってくるの。」
「顔の仕上げは、メイクと同じね。洋服や小物で使った色彩のトーンを、顔への色づけ=メイクにも使うと良いの。たとえばこの絵ではオレンジ系の色を植物に使っているので、メイクでもコーラル系のチークを意識する。逆に青みがかったピンクを唇の色には使わない。合わないから。」
「色数は絞りますね。実は、今日の絵については予行演習したんだけど(笑)、普段も色数は絞っているの。」
「黒は、最後の切り札じゃないかな。全てを覆うことができる色でしょ。だから使いこなせるかは、その人のセンスもあると思う。」
色彩に関しては、モヨコ先生自身はセンスがないと思っていたという原体験を話されたあとに、蔦谷書店で取り扱いのある書籍の名前を紹介されたり、ご自身の色彩感覚を言語化されている様子は、やはりこれまでの積み重ねを感じた。
色塗りが終わった絵の写真はこのnoteの最後へどうぞ。先生の言葉を思い出しながら何度も見たい作品に仕上がっていた。美しい......。
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最後に。
素晴らしいライブペインティングの様子と、そのときに安野先生が話されていたことは、twitterで実況中継してみた。
本当は会場にいるはずだった くりはら きょうこ ちゃんに、そして参加したくても参加できなかった人に、少しでも早く、そして熱量を持って伝えたくて試してみたのだ。このnoteも含めて、少しでも会場の雰囲気を感じてもらえると嬉しいな。