『イリアス』と『オデュッセイア』を読み通すための道案内 (1) 一つ眼巨人の化石
古生物学とホメロス
今度こそホメロスを読んでみよう。――
そう思ったきっかけは、古生物学にある。
とある社会人向け講座に参加していた。
「これは何の動物の骨だと思いますか?」
講師が問いかけた。
墓石のような巨大な骨の中央やや上部に、ぽっかりと孔が穿たれている。
昔の人はこれを見て、
「キュクロプスの骨だ!」
と思ったそうだ。
キュクロプスとは、ホメロスの『オデュッセイア』に出てくる一つ眼巨人のことである。
キュクロプスは実在した!
ところが、正解は、古代ゾウの化石だった。
中央の孔に接続していたのは、丸い眼球ではなく、長い鼻だった。
しかし、そうと言われなければ気づかない。
昔の人がこれを見て、ホメロスが書き残している一つ眼の怪物は実在した、と信じたとしてもおかしくない。
(ご興味があれば「ゾウ 頭部 化石」などのキーワードで検索してみてください。)
今度こそホメロスを読んでみよう、と思った理由は他にもある。
プラトンやアリストテレスがその著作の中で頻りに言及するから。
筆者は、『プラトン『国家』の道案内』や『『ニコマコス倫理学』の道案内』という電子書籍をつくったことがある。
それらの著作の中で、ホメロスの文章がしばしば引用されるのだ。
その多くは、「あのホメロスも○○と言っている」といった形で、自説を補強する材料として使われている。
当時、ホメロスの詩には絶大な権威があったらしいのだ。
そのため、『イリアス』『オデュッセイア』には何が書かれているのか、一度は全文を読んで、確かめておかねばならないと考えていた。
ところが、問題があった。
『イリアス』も『オデュッセイア』も、大変読みにくいのだ。
少し大きな書店に行って、岩波文庫が並んでいる棚の前に行ってみよう。
薄ピンク色の背表紙が目印だ。
いずれも上下巻二冊のセットである。
机の上に直立するほど分厚い。
上巻を手に取って、はじめの数行を読んでみる。
うーん、これは読み通せそうにないなあ……。
そっと頁を閉じて、元に位置に戻し入れる。
この記事は、そうした経験のある人のために書かれている。