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北茨城市歴史民俗資料館・野口雨情記念館/スタンプラリー「資料館で茨城を知ろう」13箇所目

資料館で茨城を知ろうスタンプラリー13カ所目は、北茨城市歴史民俗資料館・野口雨情記念館
です。今回も職員さんに見所をお聞きしました。

その前に!
入口前の銅像は、シャボン玉の歌が流れるとシャボン玉が左右から出てきます!

ひゃっほい🌈夢中で撮りましたが、まったく映ってませんね。動画向きですね。

JAF会員カードで入場料が団体割引になります。
一階に、北茨城市の観光スポットのテレビがあります。
岡倉天心、風船爆弾、5年に一度の大祭、常陸大津の御船祭(おふねまつり)(500人の人力でそろばんの上を滑らせる)、じゃんがら念仏踊り、花園の大杉、七ツ滝、江戸時代の浄蓮寺の三十三観音など。

北茨城市は、車で8分でいわき市という、茨城県でも最北で、福島県寄りの立地。茨城だと日立市に行かれることが多いそうです。
昭和40年に7つの自治体が2年がかりで合併されました。
もともとは水戸藩で、50年前は炭鉱が盛んだったそうです。その後、工業団地が出来、産業が発展。大津漁港と平潟漁港がありますが、半漁半Xのような働き方のところも多い。

こちらはスグ近くの、福島県いわき市の勿来海水浴場⛱

北茨城市、米米CLUBの石井竜也さんが、ご出身だそうです。
旧富士ケ丘小学校を改修したギャラリー『Gallery 期待場』は、アート品など展示してあるそうです。
米米ファンな方は是非!
私は中学高校時代のカラオケでよく「Shake Hip!」「浪漫飛行」を歌わせていただきました♬
詳しくは北茨城市生涯学習センターへ。

北茨城市の歴史民族資料館ですが、野口雨情の生家もあることから、野口雨情記念館も兼ねています。
ちなみに野口雨情は、水戸藩御用達の海鮮丼屋の息子だったそうです!

野口雨情の童謡については実際にご覧いただきたいです。中でも気になったのは

★雨情の言葉
作者の名は残らなくて良い。
作った詩歌が世の人に永く愛され唄われることが本望です。

★青い目のお人形とは、キューピー人形だった

★赤い靴の女の子の雨情の言葉

★天与童心

★雲遊(うんゆう)

★佚楽無老(いつらくむろう)
良寛の書風を好み手本にしていた。

雨情ファン、童謡好きさんは、じっくりお楽しみください!

【歴史民族資料館の感想】
★9月中旬まで展示されています、有形文化財の青銅製七鈴鏡が素敵でした!

★十石堀(じゅっこくぼり)
世界かんがい施設遺産
水不足で農作物が育てられず困り果てた農民の皆さんが主動して、当時の村長の沼田主計(ぬまたかずえ)が計画して1669年に完成した用水施設。水源から2キロまでは350年経った現在も当時の状態のまま利用されている。
その開発の功績が称えられ、新田の税金が免除された。その収穫高が10穀だったので十石堀と呼ばれている。
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沼田主計(ぬまたかずえ)さんて名前がスゴイ!名前がそのまま使命になってるね!

★常盤炭鉱発祥、神永喜八。
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北茨城市が炭鉱が盛んだったとは知りませんでした。(高萩市もそうでしたよね)
日立製作所にも繋がるでしょうし、昔の人達のおかげで日本の技術が発展してきたんですね。

最後に、上階から海が見えます!!!
教えたくないくらいビュースポット💖💖💖

茨城って海のイメージ、炭鉱のイメージ、野口雨情のイメージ無かった。知らなかっただけですね。

北茨城市の海を知りました。
北茨城市の炭鉱の歴史と十石堀を知りました。
雨情は北茨城市の出身で、米米CLUBの石井竜也さんも北茨城市の出身でした。

教えていただき、ありがとうございました!

職員さんが、北茨城市にも地域おこし協力隊さんがいて、古民家やキャンプ場などご活躍されていると教えてくださいました。
こちらもまた機会があれば是非!

その他の13箇所はコチラからどうぞ。

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