
グローバル企業とヒューマノクラシー
書籍『ヒューマノクラシー』の章立てに沿って、官僚主義的なエピソードや、本の記載内容の背景などを紹介しています。
第11章 オープンであること
オープンイノベーションの誘惑 P.300
ここでの皮肉は、大企業は実際「オープン」であることだ。従業員は毎日、何千人、あるいは何百万人もの顧客と関わり合う。幹部やマネージャーは、サプライヤーやコンサルタント、規制当局ら、ステークホルダーとよく連絡を取り合っている。ではなぜ、オープンイノベーションは大きな変化を生み出せないのか。なぜ一般的な企業は、都市や大学ほどレジリエントでないのか。その理由は、単刀直入に言うと、企業の経営陣が、型破りなアイディアに対して、まったく隙がないほどに扉を閉ざしているからだ。
クローズドマインド P.302
私たちがこれほど「オープンマインドであれ」と連呼し合うのも、このように否認や型にはまった考え方、忙しさによって、周辺の視野が狭まってしまうからだ。官僚主義はこの状態をさらに悪くする。それにはいくつか理由がある。トップダウンの権力構造が、型にはまらない考え方を許さない。短期的な事業がプレッシャーとなり、発見のための時間がほとんど取れない。縦割り組織によって、組織の境界線を超えて学びにくい。足並みを揃えようとするあまり、新たな事業機会の探索を打ち切る。秘密主義によって、価値のある情報が封じ込められる-。
クローズドマインドの弊害
多くの企業は常に顧客やステークホルダーとの関わりを持ち、オープンイノベーションを進めようとしていますが、大きな変化は生み出せていません。その理由として、官僚主義が変化の芽を摘んでしまうことが指摘されています。さらに、それに至るメカニズムとして、「型にはまらない」考え方を否認したり、トップダウンの構造や秘密主義に問題があるとしています。
オープンマインド
クローズドマインドの弊害を語った上で、本書ではオープンマインドの有効性を説き、その好例としてアマゾンを紹介しています。
オープンマインドであるためには、心もオープンにしなければならない時がある。つまり、顧客のすぐ近くまで出向き、顧客が何を感じているかを感じ取るのだ。その時初めて、顧客の経験を幸せなものに変えるチャンスを見つけることができる。
官僚主義では感情よりも思考を優先する。だから、たいていの企業は顧客の心を読むのがひどく下手だ。
つまり、アマゾンは顧客の感情を読むのが得意な会社として、この後の文章で、その戦略が好意的に紹介されています。
しかし、ここでちょっと待ったを掛けねばなりません。アマゾンのレコメンド機能はアルゴリズムによって、人間の心をその支配下に置こうとしているのではないでしょうか?心や感情を持て遊ぶ企業は、確かに顧客の「心を読む」のが得意なのでしょう。しかし、これはヒューマノクラシーではなく、先鋭的な機械主義ではないでしょうか?しかも、アマゾンの進出によって、地方を中心に本屋の数が減っています。おまけに、配送によってCO2を大量にまき散らし、さらに、現地の国に税金を納めず、利益は自国に吸い上げる、アマゾンはグローバリズムに則った典型的な植民地経営の企業ではないでしょうか?
オープンでないところにも「人の幸せ」があるのではないか
本来のヒューマノクラシーは、もっと目立たないところに静かに存在しているのかもしれません。例えば、家内制手工業から発祥したブランドの一部には、昔ながらの「人間中心的」な働き方が残っていることがあります。それらのブランドの多くは、基本的には株式を公開せず、地域に根差すという、クローズドな戦略を取ることが多いようです。
例えば、イタリアの「ブルネロ・クチネリ」もその一つです。創始者のブルネロは、産業もなく荒廃した村の復興をかけ、その尊厳を取り戻すために、古城を買い取り、そこをブランドの本社としました。経済と生活の質から村の価値を高めるために地域に根差しました。そして、その倫理に基づいた経営が多くの共感を得て、ブランドも発展していきました。ドイツのマイセンなども、自由な時に出勤し、自由な時間に働いて、自由な時間に帰れると言います。そして、定年を迎えるまで安心して働けるため、親子3代で勤めている場合も珍しくないといいます。
オープン戦略によって拡大し続けるグローバル企業と、地域に根差し歳を取っても安心して働ける企業と、どちらがより「人間中心主義」的であるかは、言うまでもありません。
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