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浜崎伝助という男

浜崎ちゃん(はまちゃん)こと、浜崎伝助は、漫画・映画『釣りバカ日誌』でおなじみのキャラクターだが、彼の生き方や働き方は、実はよく考えられていて、今の時代に照らし合わせてみると、かなりの部分で、先駆的な要素がちりばめられていたような気がする。
 
ダメサラリーマンというレッテルを貼られた彼だが、今手元にある、釣りバカ日誌研究会刊行『釣りバカ日誌 浜崎ちゃんの生き方研究』という本を元に、その反証を試みたい。つまり、彼はサラリーマンとしての成功者(!?)ではないのか、という視点で考察してみたいと思うのだ。
 
まず、浜崎ちゃんは万年平社員だという誤解がある。実際、漫画や映画の中では、90%以上の期間、平社員だから、基本的には間違ってないのだが、厳密には、2度課長職を経験している。もっとも1回は課長代理だったが。それでも、管理職の昇進基準は満たしているということだ。出張中など、業務時間中にきちんと仕事をしていない節があり、素行がよくないとされ、そのポジションを維持できないが、評価制度が減点式でなければ、彼は十分に管理職クラスの職制要件は満たしているのだ。
 
お察しのとおり、浜崎ちゃんは、現場監督レベルの社員や親方連中からはすごく受けがいい。細かい注文は出さずに仕事を任せてくれるし、雰囲気も盛り上げてくれる、現場サイドからしたら、こんなやりやすい営業はいない。コンペティターにとっては、ものすごくできる社員に見える。実際、浜崎ちゃんは、ヘッドハントされて、3か月間だけだが、鈴木建設以外の会社で働いたことがある。その時の月給は72万円だったという。昭和の時代でこれだから、今でいうと、十分100万円の価値はある。ボーナスなども考えると、今でいうと年収2000万円台に相当するのではないか。浜崎ちゃんは、その気になればエリートサラリーマンで通用する資質は持っているのだ。
 
ところで、浜崎ちゃんの月給はいくらだったのか?漫画では一度だけ、浜崎ちゃんの給与明細が登場した。それは、手当込みの「手取り」が248,316円となっていた。当時は労使交渉の多い時代で、たまに春闘のシーンも登場する。ある春闘ではベースアップの争点が18,000円であった(今では考えられない)。つまり、平社員のままであっても、浜崎ちゃんが50歳を迎えるころには、手取り50万円くらいにはなるということだ。今の価値だと、やはり、浜崎ちゃんは、1千万プレーヤーだ。あれだけ、勤務態度が不真面目でサボっていてもである。昇進しないで自由に振舞いながら、生活を安定させるというのは終身雇用制というサラリーマン制度の盲点をついた、実に巧妙な戦略ともいえる。これが大手企業で勤務する特権ともいえるが、サラリーマン社会を手玉に取ったような生き方だ。ちなみに浜崎ちゃんは、早明学院という大学の商学部を出ている。名前からしたら、偏差値は高そうだ。
 
そして、お金の話ばかり続くが、浜崎ちゃん一家が住んでいるのは、家賃38,000円の3LDKの公団という設定だ。都内近郊のURでその広さだと、今だと家賃20万近くか、場所によってはそれ以上するのではないか。仮に5倍と考えたら、24万の手取りは、今なら月給100万円に相当することが分かる。しかし、24万の手取りに38,000円の家賃とは、ものすごい可処分所得である。昭和の当時といったら、普通預金でも金利8%とかある時代、将来、鯉太郎は私立中学とかにも行かせられるほどの余裕があったはずだ。
 
こうして見ていると、浜崎ちゃんはかなりのリアリストに見えてくる。平社員といっても、少なくとも窓際族的な暗さや行き詰まった様子は微塵もない。相当な勝ち組に思えてくるから不思議だ。
 
浜崎ちゃんは、「人を殺すな殺されるな、自ら死ぬな」という父親から授かった言葉を大切に、忠実に生きてきたという。
 
浜崎ちゃんを語る上で、今でいう「非認知能力」の高さが際立っていることが挙げられる。やる気、自己制御、忍耐力、協調性、対人スキル、感情調整力、共感力、柔軟性、好奇心といった、定量的な評価制度では評価できない項目のことだ。浜崎ちゃんの会社における評価が低いのもうなずける。浜崎ちゃんの良さは、評価シートでは書き表せないからだ。
 
今、キャリアアップに距離をおいた「静かな退職」という言葉がはやっているが、浜崎ちゃんの生き方は、その先駆的なものにも映る。
 
今、会社組織はジョブ型人事制度やスキルセットを目的にしたタレントマネジメントシステム導入などが進んでいる。相変わらず、縦組織を維持するためのがんじがらめの仕組みが満載だ。浜崎ちゃんは、それらを遠くで眺めながら、何を思っているのだろう?相変わらずの会社組織をせせら笑っているようにも思うし、その中での一人ひとりがどのように考え、生き方を選択しているか、あたたかく見守ってくれているような気もする。

最後まで読んでいただいて、どうもありがとうございました。