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『荻窪メリーゴーランド』ネタバレ感想/考察
※この記事は『荻窪メリーゴーランド』ならびに特装版の一首評のネタバレを含みます。
はじめに
お疲れ様です。
この記事をご覧になっているということは、『荻窪メリーゴーランド』を読んで頭がぶっ壊された方だと思いますので、あえて陳腐な、お疲れ様ですという挨拶から始めさせていただきます。
正直、めちゃくちゃ疲れました。
ただでさえ慣れない短歌形式で、自分の経験や想像力で余白を埋めていく作業に普段使わない脳みそを酷使したし、なにより物語の違和感を感じるたびに変な汗が止まらなかった。
あらすじとか本の詳細とかは放り出して、感じたことや自身の考察をしていこうと思います。
子猫と子犬、IKEAと無印、萩の月とマルセイバターサンド。
違和感は、そのままにしておいてはいけない。
この本を最後まで読んで、1番最初に感じたことでした。
本を読み進めていく上での所謂メタ視点としてもさることながら、物語の中の彼ら、ひいては我々自身の生活において感じた違和感をそのままにしておいてはならないんだなと、思いました。
実際、物語の中で同時に綴られる詞の時間軸は異なっていて、木下龍也さん特有の固有名詞の技法によって少しずつ積み重ねられた違和感の正体が判ったとき、頭をぶん殴られるような衝撃がありました。
物語の中で深くは語られていないですが、KとSの生活にも小さな違和感があって、それが少しずつ積み重なることによって壊れていってしまったのかもしれません。
そう考えると、我々の生活、彼氏彼女の関係においても同じことが言えるのかもしれません。
美しすぎる文字
本を読んですぐ、フォントの違いで歌人を判別するという手法に美しさを感じ、読み進めていくと、このフォントによって彼らの人間としての核心が表現されているんだなと感じました。
K(男性):純粋で優しい人でありながら、使い方によってはインパクトが強くなってしまうゴシック体。
S(女性):美しさの中にどこか冷めた印象や近寄りがたい雰囲気を感じる明朝体。
読みやすくするためだけのフォントの使い分けではなく、彼らの内面を表してくれることに一端のデザイナーとして物凄くこだわりを感じたし、とても嬉しく思いました。
ファムファタル
本を一度読み、一首評を読んで、それから何度も読み返してやっと、最も怖いのはSだったんだなと気づきました。
彼女には言葉では表現しきれない魔性の魅力があり、相手に対し深い愛を捧ぐことができる一方で、常にどこか冷めた 第三者の視点を持っているファムファタル的な側面を持つ人間でした。
四桁の西暦のある朝生まれ四桁の西暦まで生きる
一首評にも引用されていたので、わざわざここで取り上げるのは蛇足な気もしますが、やはりこの詩が最もSの核心の部分を表しているなと思います。
甘い言葉や美しい視点、無邪気な口語など、Sの詩には女性的な魅力が大いに感じられていましたが、この詩が一つ入り込むことで彼女の底の見えなさに慄き、そして私もその魔力に吸い込まれていきました。
そして、彼女の恐ろしさは、それだけでない。
メリーゴーランド
この本におけるメリーゴーランドには2つの解釈があると思っています。
ひとつは、2人の日々が幸せでキラキラ輝いていて、永遠に続いてほしいというKの祈りにも似た感情を表したもの。
そしてもうひとつは、Sの恋愛観、ひいては人生そのもの。
我々がまんまと騙されたように、SはKとの恋愛に似た2人の物語を、別の相手と繰り返していたのではないでしょうか。
それも、何度も。
彼女の人生は、常に満たされていなかったのだと思います。
それを他者によって満たそうとし、一時的には満たされるものの、小さな違和感の積み重なりから、本当に満たしてくれるものはそれではないと悟り、ある日突然別れを告げる。
彼女は、自分を完璧に満たしてくれる相手を探して、ずっと、ずっと、同じことを繰り返しているのではないだろうか。
パズルゲームが大好きな馬鹿が
家では一人で飼ってる熱帯魚に向かってどうしても最後のピースがはまらないんだとか言ってるんだろうね
ばーか ばーか
短歌の解釈
本の中で綴られる詩には一見するだけだと内容が透けてこないものがいくつかあったので、詩とその解釈を備忘録的に述べていきます。
星を見るための扉をひらくとき君のひらいたままの両耳
星を見るために外に出ようとする。
相手は寝ているので物音を立てないようにそーっと出ていこうとするけれど、目と違って耳は閉じることができないから、もしかしたら起きちゃうかも。
ひらく扉とひらいたままの両耳。
閉じた両目とひらいたままの両耳。
とても対比が綺麗で、美しい詩だなと思いました。
きみの目の中を泳いでゆく夜に近すぎたらみえないってほんとう?
これはSと今の恋人を表した詩で、深夜にコンビニに向かう道中のような光景を思い浮かべました。
恋人の目に映った 歩いている自分の姿。
突然きみに近づいて「近すぎたらみえないってほんとう?」と問う。
平仮名と口語でSの無邪気さを表現する一方で、物語の核心をつくような一言。
まさにファムファタルといった、美しさを感じました。
奇数では割れないピザのどの味も一枚ずつ余っている月夜
Sと今の恋人の部屋に訪れた母は、ピザを注文して3人で食卓を囲んでいたのでしょう。
偶数に切り分けられたピザを3人で食べるとどうしても余る一枚は、遠慮か配慮か、誰も取らずに残ってしまう。
親しくない人間同士が集まった時の気まずさを、残ったピザで表現する視点にハッとしました。
交わっているのにもっとほしくってポニーテールしっかりつかむ
この本の中にはいくつか性に関する詩がありますが、これはその中でも最もエロスだなと感じました。
後背位でしている時、男性側は女性の背中しか見えなくて、虚無感を感じることも稀にあります。(実体験)
ふたりは確かに交わっているけれど、どこか遠くに感じてしまい、藁にもすがる思いで彼女のポニーテールを掴んでしまう。めちゃくちゃにエロい。エロすぎる。
おわりに
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
だらだらと思ったことを綴っただけのつまらない文章だったかもしれませんが、物語を読み解く上での一助になれば幸いです。
そういえば、本の最後に、1番最初の詩が書かれていましたね。
君を撮るためのカメラがあたたまる太腿のうえ 海まで遠い
最後の歌の「君」は、Kか、恋人か、はたまた、新しい恋人か。
あなたはどう感じましたか?
では。