ただの青春譚
安定の終電逃しをかました昨夜。吉祥寺駅周辺でLoop(電動自転車)をレンタルし、午前1時の井の頭通りを走り出す。
もう何度も逃しているから心に余裕がある。自転車を30分走らせれば勝手に自宅に着くのだ。冬でもないし苦ではない。
7月の生温い夜風を感じながらただひたすら真っ直ぐ続く大通りを走っていると、ふと懐かしさに襲われた。
あ。
この感じ。
真夜中ドライブ。
・
〈今ひま?〉
大学生の頃、夜中に眠れずボーッとしていると、誰かしらからLINEが来る。いや、暇なんだけど、用件によるな。
〈なんで?〉と僕は返信する。
〈海行こ〉
突然の誘いは大抵誰かの思いつきで、そして大概無茶なことだった。今は夏で、夏休みで、時間はあっても課題はない。だから海には行けるけど。
〈明日の朝じゃダメですかね?笑〉
〈今夜じゃなきゃダメ〉
未読のままスマホをロックする。こんな真夜中に海へ向かったら、帰って来られるのは朝方だろう。それは勘弁。
しばらく無視していると、電話がかかってくる。
「もうお前の家の前いるから」
「はあ」と言いながら窓の下を見ると、一台の車が停まっている。数人の友達が乗っているのがわかる。
僕はテキトーに服を着て、財布とスマホとタバコを持って、サンダルを履いて渋々家を出る。こんなものほぼ拉致だな、と思いながら、僕らの真夜中ドライブは始まるのだ。
一体何キロ出しているのかわからない。ただ一つ確かなことは、法定速度なんてとっくに超過していることだけ。僕らはハイスピードで海へと向かう。
タバコに火をつけ、窓から外を眺める。景色が矢のように飛んでいく。少しでもハンドル操作を間違えたら全員死ぬだろうな、と考えながらも、僕は『楽園ベイベー』を口ずさむことしかできない。
果たしてこれは、青春なのだろうか。
僕は特段ドライブが好きなわけではなかった。スピード超過も、海も好きではなかった。でも、去年の夏も今年の夏も何度だってこんな夜を過ごしている。別に、心の底から楽しいわけではない。
「誰か女に電話かけろよー」とか「そこまで行ってんなら今告っちゃえよ」とか、海が近づくにつれて車内の興奮が増していく。
どうして僕は今、海に向かっているのだろう。
1時間ほどで到着し、僕らは何をするでもなく海風を浴びる。ジメッとしていて心地の悪さを感じる。潮騒を耳で飲み込む。どうせ手持ち無沙汰になるのだから、花火の一つや二つ持ってくればいいのに、いつも何も持ってこない。
ただ30分くらいタバコを吸うだけなのだ。
朝方、家に着く。シャワーを浴びて潮の香りを洗い流してからベッドに倒れ込む。まどろみの中、「今日もまた何も生まれなかった」と悔いて堕ちる。
・
7月の生温い夜風を感じながらただひたすら真っ直ぐ続く大通りを走っている。僕は懐かしい記憶を想起していた。
真夜中のドライブに付き合わされ、行きたくもない海に何度も行った。『楽園ベイベー』の歌詞を覚えてしまうくらいに、何度も。
何故海に向かっているのか。そんな疑問の答えは至極単純だった。みんなのことが好きだった。
果たしてあれは青春だったのか。あれは、僕らが送った生産性のないあの日々は、間違いなく青春だった。
今僕は、どうしようもなく海に向かいたい。LINEが届いて、友達が車で迎えに来てくれたら、なんの迷いもなく玄関の扉を開けるだろう。真夜中ドライブに繰り出すことだろう。
午前1時の井の頭通り。夜風を感じて思い出した、ただの青春譚。