お座敷釣り堀の、外の世界へ
#9 書き手:クレオ(イマジナリーフレンド)
アケルがドラえもんの道具の中でひとつだけ選べるとしたら、お座敷釣り堀がいいという話をしていた。
「ドラえもんとのび太がお座敷釣り堀でのんびり釣りするんだよ。釣りっていいよな。のんびりしたい時のんびりできるし、熱中したい時は一緒に遊べるし」
その時おれは、ふーん、と聞いていたんだけど、ふと思いついた。
『そういやさぁ、霞ヶ浦に行った時、砂浜に魚死んでたっけね』
「あぁ、レンギョ?」
アケルは水辺が好きで、ドライブの途中よく川や池に止めて水辺でのんびりしていた。
ある夏、魚の骨が波打ち際に上がっていた。鯉ほどの大きさのあるレンギョ(ハクレン)という魚だ。水温が高いためか、何匹も打ち上げられていて、何度かニュースになっているらしい。
恐竜の骨みたいだなと二人でバラバラになった骨を組んだりしたけど、あれがずっと気になっていた。
『あいつが生きてるとこ見たい。あれ釣らねぇ?』
「お前、本気で言ってる?すごいデカい魚だぜ?」
アケルの目が一瞬ギラッとした。
『できない?』
「まさか。やってやろうじゃねぇか」
アケルの目がギラギラする。後でアケルから言われたけど、おれの言ったその言葉で火がついたんだってさ。
負けず嫌いだねぇまったく。
とはいえ、アケルも魚釣りはほとんど初心者だった。
「のび太もドラえもんも、あの頃の子どもはみんな釣りしてたって言うけど、すごい難しいんだぜ」
アケルはため息をつく。
釣りたい魚を釣るには、竿やら仕掛けやら釣れる場所やら、全部調べないといけない。昔の子どもはちょっと年上の先輩や友達と教え合ってたらしい。
アケルも子どもの頃釣りをしたかったんだけど、釣りに詳しい友達や知り合いがいなかった。
適当に篠竹の先に釣り糸を結んで、うなぎ用のでっかい針に鯉の練り餌を丸めたのを付けて3時間くらい寒い中粘って、一匹だけ魚が釣れたそうな。
それでハマれば良かったんだけど、寒いし全然手応えなくラッキーパンチで釣れたから、そこで一度挫折したと話した。
このことから、釣りは一朝一夕でできるもんじゃないと知ったアケルは、まず初めに釣り堀に行って、釣ってる人の見様見真似で学ぶことにした。
最初の釣り堀は金魚が釣れるとこ。
人もほとんどいなくて、おれも退屈であくびを噛み殺していた。アケルもおれの目がうつろだったと言っていた。なんだよ。
だけどアケルは1時間粘って、二人の釣り人のやり方を真似て3匹ほど赤い金魚を釣れた。
その経験をバネに、2回目は鯉の釣り堀。
「クレオ、今度はお前も一緒に釣ってみようぜ。ぼくの手に自分の手を重ねてさ。竿のアタリも感じ取れるし、その方がきっと楽しいよ」
2回目にそう提案されて、あ、こいつおれのことちゃんと見てるんだな…とちょっと嬉しかったね。
当たり前だけど、鯉は金魚よりずっとでかくて、釣り応えがあった。アケルが引っ張られて落ちやしないかと思った…だってこいつ、おれと比べるとかなり小さいんだもの…けど、割としっかり踏ん張って魚をひょいひょい釣り上げた。今度は1時間半で6匹。やるじゃねぇのと思った。アケルはカンがいい。
その後も何度か釣りをしていたが、ふとおれは気づいてしまった。
『ハクレンってデカすぎて食えねぇじゃん。やっぱ食べられる小魚がいいなぁ』
「なんだお前。言い出しっぺのくせに」
『いや、捕まえて捌くの大変だから、釣るならさっと食える魚がいい。そんで食いたい』
おれもわがままを言ってることは分かってたけど、釣り堀では釣った魚を返さないと行けなくて、見ているとやっぱり物悲しい。せっかくなんだから食べられるやつがいい。
とどのつまりおれは食い意地が張っていたし、そのわがままを聞いてくれたアケルも同じ穴のムジナだった。
食いしん坊万歳とはこのことだね。
そこから小魚を釣るのに切り替えた。
YouTubeで釣り方を勉強したり、釣具店に足を運んだり(大きな店より釣りたい川の近くの釣具店の方が、釣れる魚の仕掛けが沢山あって驚いたね。)アケルはハマると全力を尽くすやつだから、もう一日中釣りのことで頭がいっぱいになってた。
そしてとうとう、雲間ヶ原で魚を釣ることになった。
バス釣りの人のいるポイントとは別の、小さな水門。
夕方からで、湖から流れる風は少し冷たい。
釣れた魚は、二匹だけ。アケルの人差し指くらいのちっさい魚。タナゴとクチボソだ。(釣り堀の店主さんに教わった魚と同じ形だった。)焼き魚にして食べるにもあまりに小さい。にっがいはらわたを取ったら小指の爪くらいしか身はなかった。
でもね、ぴくぴく竿が震えて、引き上げたら魚が食いついてて。それを全部二人でやるのよ。初めてのことでもう楽しかったね。あんなでっかい湖の底に小さい魚がピロピロ泳いでるなんてのも、ちょっと感動しましたよ。
雲間ヶ原は広くて大きいから、釣れるポイントを探すのが大変だった。アケルはたまにドライブで水門とか川岸でぼーっとしてたから、いくつか釣れそうな場所を知っていたって感じ。
だからその後は雲間ヶ原までは行かないで、家のもっと近くの川や水路を試してみた。
釣り人さんが意外と気さくにアケルに教えてくれた。小魚は回遊するから、時間も大事だってこと。釣りえさの大きさとか、釣る場所とか。けっこうおせっかいだなとも思ったけど、同じ趣味をしてる人だから、気さくに教えてくれた。アケルも謙虚に色々聞いて、あいつはそういうところで学ぶ姿勢がえらい。
あと、釣り場にごみが捨ててあると怒りながら拾う。ビニール袋を持って行って、タバコの箱とか空き缶とか拾って分別して家のゴミ箱に入れる。
「マナーの悪い人もいて、釣り人が嫌いな人もいるから、ちゃんとできるところはちゃんとするんだ」
と言っていた。
釣れる魚は毎回違ってて、でかいへら鮒まで釣れたのは驚いた。(2023/01/05:コメントにて、へら鮒ではなくて、団頭魴(ダントウボウ)という魚だと教えてもらいました。ありがとうございます!)
一日一時間、小さな魚を4匹ずつ釣って3日くらいかけて食べられる量を集めた。初めは小さい魚に絞ってたけど、それなりにでっかい魚も釣れて、ヘラブナまで釣れて舞い上がったおれたちは、全部食べることにした。
小さい魚からフナまで種類ごとに捌き方を調べて、ぜんっぶ、天ぷらにした。ここはアケル、マジで容赦なく捌いていった。手際はよかったと思うけど、まだ本人は納得していないらしい。
釣れた時はめちゃくちゃ生臭かったけど、てんぷらはさくさく白身がふわふわでめちゃくちゃ美味しかったね。皮も内臓も捌くのは大変で敬遠する人もいるけど、あの味なら、釣った魚は食べちゃった方がいいよ、って思ってる。どれもこれも美味しいから、案外バスもイケる気になってきた。
…それもこれもアケルのおかげなんですけどね。おれは見てただけですからね。
そういうとアケルが、
「いや、捌くの見るの嫌、って人もいるなかで一緒に共有してくれるってのが嬉しい。だって実際、生臭いし気持ち悪いもん。ぼくもそこそこ嫌なやつだから、嫌なとこも全部友達と共有したいんだよ」
子供のような笑顔で鬼畜なことを言う。見た目は子どもなのにアケルはドSだと思う。
「また釣りに行こうね」
でも、笑顔でそういわれたら、やっぱり行きたくなる。釣りは楽しい。おれもこっちの世界に生きてる、って実感をくれた。
明日の休みも、釣り行こうな。アケル。