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バニラビーンズの思い出。憧れのパティシエは卵を乗せるように運転する

話を始める前に、僕の性別について。
僕は「女性」だ。
一人称が「僕」と「私」の時があるので
混乱させて申し訳ない。

僕は村上春樹を一度も読んだことがない。
それは僕が偏愛している有吉のサンドリで
村上氏が「白豚」と呼ばれていたからかもしれない…

バニラビーンズの香りで思い出す…
僕はその人がカスタードクリームを
作っている姿が好きだった。

僕の憧れの人はパティシエだった。
バイトをしていた
ケーキ屋さんのパティシエだった。

7歳年上のその人は無口で、
仕事熱心だった。
その人は自転車に乗るのが好きだった。

バイトの女子高生たちはその人を眺めた。
正社員の女性たちもその人を眺めた。
ケーキを買いに来るお客さんたちも
その人を眺めた。

美しかったのだろう。

湯気がたちのぼる、大きな銅鍋を支える腕。
火傷の跡がある、たくましい腕だ。
熱気で赤くなった横顔には汗が光る。
慢性的に鼻炎だったその人の少し開いた唇。
純白だったコックコートの
お腹と袖周りに汚れが目立つ。

春、僕はその人とサイクリングをした。
梅雨、僕はその人の
フラボアのジーンズを修理をした。
夏、僕はその人と長電話をした。
秋、僕はその人と映画を見に行った。
冬、僕はその人と沖縄料理を食べた。

その人は車の運転が丁寧だった。
「卵を乗せているつもりで運転している」
その言葉を今でも覚えている。

いえさん僕のあだ名な、帰ってきたら連絡ちょうだい」
その人は言った。
「うん」
僕は言った。

春、僕は日本を発った。

バニラビーンズの香りで思い出す…
僕はその人がカスタードクリームを
作っている姿が好きだった。




追記:僕はいまある方のnoteを「1日ひとつ」読んでいる。なぜ一気に読まないかと言うと、もったいないからだ。この「ザキさん」さまが書くnoteは、ショコラティエが作ったチョコレートのよう。キットカットをいやしく貪る僕にしては珍しく、ひと粒ひと粒、味わいながら読んでいる。

まずは、下記リンクの『ラズベリー』から。

指でつまんで
舌の上に乗せて
お口の中で溶かして

鼻から抜けるその香り、
舌で感じるそのテクスチャを
ご堪能ください。