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訓練室の叫び

1.場面


郊外の大学病院、リハビリテーション科の訓練室。
部屋は無機質で、中央にテーブルとイス2脚が置かれている。
入口に近いイスには、患者である大学四年生の富士見幸香(ふじみさちか)が俯きがちに座っている。

富士見の前には、言語聴覚士の望月(もちづき)がイスに深く腰掛けている。バインダーとストップウォッチを持っている。

ストップウォッチを見ていた望月が顔を上げる。


2.訓練


望月
「…呼吸浅いね、今日も。
先週教えた呼吸法は意識してる?」

富士見 
「すみません…
はぁって(やって)、は、ぃいます」

望月  「わかった。よし、次やろ」


富士見は頷くと立ち上がり、入口ドア近くまで移動する。


望月  「自分のタイミングで」


富士見は、軽く頭を振るい、息を大きく吸う。


富士見 「コンコン」

望月  「どうぞ」


富士見は、一歩踏み出し、イスの横に立つ。
右手を強く握り、拳で体側(太もものあたり)を2回素早く叩く。
目を一度ぎゅっと閉じ、開けると同時に思い切り口を開く。


富士見
「失礼します、正和大学、法学部、ほぉねん(4年)、富士見幸香です、お願い、します。」

望月  「どうぞ座って」

富士見 「失礼します」


富士見はイスに座る。表情は硬い。


望月 
「富士見さん。まず、志望動機を教えてください。」


富士見は、再度右手で素早く体側を2回叩く。
叩き終わると同時に口を開く。
息継ぎとまばたきが多い。


富士見
「ぉおうきょう(東京)では、ひぃそ(基礎)自治体が、人と、人とのttつながりを作り、tttっちちいき全体、として、防災力を、高めていく、必要性があり、それに貢献したいと、思いました。ひぃいじょう(以上)です。」

望月 
「おっけ、そこまでで、いったん。
「た行」多いのつらいねぇ…、
「東京」は「首都圏」に変えても大丈夫?
なるべく得意な「さ行」に変えよう。

あとはね…そうだね、どうすっかぁ、、、
あ、あのさ、「地域」は「周辺地域」にしても変じゃないんじゃない? 
「繋がり」は…「繋がり」しかないかなぁ…。
あ、あともっと相手の顔を見て。堂々と話して。」


富士見は頷く。声の震えが少し収まる。


富士見
「やって、みます…、
首都圏では、ひぃそ(基礎)自治体が、人と、人とのttっ繋がりを作り、周辺地域全体、として、防災力を、高めていく、必要性があり、それに貢献したいと、思いました…」


富士見は、望月の反応を窺う。
顔が、熱い。


望月 
「ぉおお、いいねいいね。来週もう一回。
あと来週スピーチ練習も。3分スピーチ、どう?」

富士見
「っぉおお、、、(お願いしますと言えなくて、途中で諦める。望月を見ながら二度頷く。)」


富士見はイスから立ち上がり、失礼しますと頭を下げ、部屋を出る。

廊下に出ると、大きく息を吸い、ふーっと一気に吐く。

廊下に設置されている機械の前に立ち、パネルを操作する。
少し待つと、自動音声が今日の代金を告げる。


富士見 「ttっ…」


富士見は、突然溢れてきた涙に困惑し、しばらく立ったまま涙を両手で拭く。廊下の長椅子に腰掛ける。

廊下を歩いてきた望月がそれに気が付く。不意を突かれた表情。

手にはバインダーを持っている。


望月 
「富士見さん!? 大丈夫、どうした。なんか思い出した?」


富士見は、うなだれたまま床を見る。
つっかえながら、鼻をすすりながら、話す。


富士見
「先生…不安…、スムーズに話せないと、仕事できそうに見えない…から、やっぱり、っおおおおお落ちるかも…」


望月は驚いた表情になり、富士見の隣に腰掛ける。
富士見は顔を逸らす。

望月は、声量を抑えながら早口で話す。


望月 
「富士見さんさ、公務員になりたいんだよね? 障害者枠で入ると給料低いんだよね? 一般枠でいく、って決めたでしょう。 
俺はね、付き合うって決めたのよそれに。
普通の人から見たらさ、馬鹿らしく見える練習でも、何度でもやろうよ。
あなたがここに来て6年。最後までやろ?」


富士見は、望月を少し睨む。先ほどよりも声が大きくなる。


富士見 
「っっごごご5千円だよ、ちちちち父がさ、払ってくれてるの、5千円、毎週。
普通じゃないよね? 
普通は、普通はいらないお金だよね…わたし、一人っ子なんだよ、いじめられて、不登校で、わたしだけ普通じゃないのはなんで? 先生わかる!? 授業で分かってもkkよぉしゅ(挙手)できない気持ち! 好きな人の、名前に、絶望する気持ち!」


望月は、座ったままうずくまろうとする富士見の肩を掴んで起こす。

先ほどよりもゆっくり話す。


望月  
「聞いて。俺は遺伝。両親は2人とも吃音。
わかる? わからないよね? 
俺はほとんど気付かれない。
でもね、昔はお前より酷かった、しかも太っててさ、いじめられないわけないよな。
ね、いいか、障害はずっと伴って生きてくんだ、逃げてもむだだ、お前に返ってくるだけだ、給料が低い、とか、な。
お前はそれが嫌なんだろ? 
納得できないんだろ? 
大きな仕事もしたいんだろ? 
だったらさ。ね?」


富士見は、驚きつつも間髪入れずに言い返す。


富士見 
「dd電話は? ああ挨拶は? 
就活の勉強してるとさ、kkっttk「コミュニケーション能力」って、めちゃくちゃ聞くの、でもさ、私は、いいいえないの!! 
社会はさ、喋れないと、mmttぁまともに、しゃべれないと、信用されないの!! 
仕事できない、ようにしか見えないんだよ…。

ぃみんなさ、障害者の存在はわかってても、でも、自分の会社にいることを想定してないんだよね…」


富士見は、そこまで言うと自分の膝に突き伏し、嗚咽を漏らし始めた。

望月は、富士見の両肩を両手でポンポンと叩きながら、上を向いて独り言のように言う。


望月  
「だよなぁ…。俺はさ、それを変えたくて、言語聴覚士になったんだよ。
手帳イコール給料が低い、みたいな。
配慮は「ズルい」って言われるし。
同情はするけどウチの会社には居てほしくない、とかも。

俺はさ、もっと頑張るよ、偉くなるんだ、俺。だから会議とか行事とかさ、面倒だけど出て議事録とか作って挨拶回りして。
なんでもやって信用を得るんだ。
一緒だろ? 
お前が練習しているのも。
なんでもやるんだよ、なんでもやって信用を得るんだ。
それから、堂々と合理的配慮を求めるんだ。
今は、それしかない。ごめん。」


富士見は泣き続ける。顔を上げない。


望月  
「来週もう一回志望動機、あとスピーチな? ちゃんと暗記してこい。
あとさ、教えた呼吸法も。
あれ、必殺技だから。
あれ、できるようになるとだいぶラク。
お前もそこまで来い。」


望月は、持っていたバインダーで富士見の頭を軽く叩く。

富士見は、顔を上げないが、頷く。

望月はそれを確認すると、立ち上がる。


望月  「お前、不死身(ふじみ)だろ?」


望月は、軽く手を上げ歩き出す。

富士見は、座ったまま望月の後ろ姿を見ている。

望月が見えなくなると、立ち上がり、肩で大きく息を吐く。

顔を上げる。


(了)

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