僕の手をにぎって(BTS 「Spring Day」に寄せて)
世界が元どおりになったら、一番最初にやりたいことはなんだろう?
“誰もがきびしい状況にいる中で、少しでも“今”を楽しむためのチャレンジはありますか?”という問いに、テヒョンくんは言った。
「今の状況がすべて終わったら一番最初にやりたいことを書きとめたり、絵を描いたり、そういうものたちを表現してみたらどうでしょうか。」
私がやりたいことはなんだろう?
それを書き出そうとしたら泣いてしまうかと思った。
うっかり一人で家にいる時に書き出していたら号泣していただろう。
いろんな国へ旅行に行きたい。
知らない街へ行きたい。大好きな人たちや大好きな音楽に会うために、新幹線や飛行機に乗って、日本中を旅したい。
それは少しだけ贅沢でだけど当たり前に私の日常の中にあったことなのに、こんなにも難しく、特別なことになるなんていったい誰が予想していただろうか?
会いたい
こんな風に口にしてみると 余計に会いたくなる
春の日を待つ祈りのメロディが私の中の恋しさとやるせなさを撫でるように流れだす。
それは『Dynamite』という曲がアジアのアーティストとして57年ぶりに、Billboard HOT100の1位を獲得したBTSが2017年にリリースしたアルバム『You Never Walk Alone』に収録されている『Spring Day』という曲の冒頭の詩だ。
“春の日”というタイトルでありながら、寒い冬の中で、やがてあたたかな季節が訪れることを祈るようなこの曲はとても美しい言葉で綴られている。
思えばそれまでも彼らの音楽や大量のコンテンツを楽しんでいたにもかかわらず、日本語しか話せなかった私が、生まれてはじめて、自ら外国の言葉を学びたい、自分で理解してみたいと思ったきっかけもこの曲だった。
BTSの7人のメンバーの耳心地の良い歌声にのせて語られるストーリーは、とても美しく切ない。
そして愛しい友人へ送る手紙のような詩を支えるビートはとてもたくましく、まるで明日へと私たちを運んでくれる列車に乗っているような錯覚を起こす。
この切ない歌に、多くの人が不思議と勇気をもらえる秘密はそういったサウンド面からの仕掛けの効果も大きいだろう。
メンバーのSUGAがこんな話をしていた。
「今の時代は音楽は聴くものだけだとは思っていません。音楽を見ることも出来るし、感じることもできるし、色々なメディアやプラットフォームや、様々な形で感じられるものが音楽だと思います。」
この言葉どおり、BTSの音に仕掛けられた物語や言葉のないメッセージは、視覚や感覚を通して私たちをより心地よい時間へと導いてくれる。
たとえば、MVの冒頭でV(テヒョン)が線路に耳をあて列車の振動を聴く場面は、そこから映像の視点が切り替わり、列車の中で窓の外を眺めるジョングク、そして列車の後部から見る景色に切り替わる。寄せては返す波が砂浜に戻ってくる動きと合わせ、音源のSE(効果音)とMVの波音が響き、“会いたい”という冒頭のフレーズが登場するシーンがまさにそのことを表している。
この一連の映像によって『Spring Day』のビートは、まるでたくましく突き進んでいくような列車の走る音に聴こえる。
そしてダンスパフォーマンスの中でも電車のつり革を持ち、揺られるジェスチャーをする振り付けがあるように、そのビートが思い起こさせてくれるのは、止まることなく動き続ける私たちの日常であり、冬のような世界で時に恋しさに立ち止まりながらも明日へと突き動かされていく大きな車輪のような生命力だ。
今年の夏はどんな夏だっただろうか?
“8月にも冬がくる”という『Spring Day』の歌詞のように、2020年の8月、多くの人にとってこの夏は、蒸し暑い気怠さだけが横たわる冬のような時間だったのかもしれない。
どれぐらい待てば
また幾つの夜を明かせば
君を見れるだろう
君に会えるのだろう
そしてやさしいメロディは
“どんな暗闇も どんな季節も永遠じゃない”と語りかけてくれる。
寒い冬の終わりが過ぎたら、また春の日が訪れる。
どんな悲しみも苦しみも一生続くわけではないはずだ。
そして、やがて春の日がくるとしたら、
この冬の季節にも何か意味があるのかもしれない。
私は寒い冬の季節が好きだ。
吐く息が白く、頬が赤くなるほどキリリと刺すような冷たい空気が好きだ。寒い冬を耐えて芽吹き出す、咲き乱れる前の桜の蕾の色が好きだ。
いつも当たり前にあったものがどれほど特別だったのかを噛み締めて、またいつか、会いたい人に会えたなら、自由にこの世界を旅することができたなら、その時見える世界はどれほど美しいのだろう?
そんなことを思うと、出口のない暗闇の中にいるような世界でも少しだけ輝いて見える。
RMは言う。
“今この場所で僕たちができることを一生懸命やっていくから、いつもベストを尽くして、ベストを尽くせなくても耐えるだけでも大変な時だから、僕たち必ず良くなることを祈りながら、この冬を超えて一緒に春の日に行きましょう。”と。(*200912 Vlive)
その切ないメロディは私に勇気と希望をくれる。
FunkとSoulで世界を照らす私たちの7つの星が、今日もどこかで輝くのなら、この世界はとてもとても美しい世界だ。
もう少しだけ待っていれば
あと幾夜かを明かせば
会いにいくよ
迎えにいくよ
その声を聴きながら、
数えきれないペンライトの光の中で、
舞台の上から、ずっと遠くを見つめしずかに手を振り続けていた愛おしい背中を思いだす。
ちょっと猫背で、世界を飛び回りこの国へたどり着く頃には、いつも少し丸くなっているかわいいあの人への恋しさを抱きしめる。
「僕の手を握って、春の日に一緒に行こう」
そんな言葉に甘えて寄りかかって、
私はまた、このメロディに突き動かされるように“今”というかけがえのない日々を走り続けるだろう。
“会いたい”という魔法のパワーで
やがてくる、春の日へ
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