見出し画像

【長編連載】アンダーワールド~冥王VS人間~ 第一部ー28ー

「冥界写真集」

くるみがダンスレッスンを開始して数日。

オーデションを待つ間、
くるみは暫くティンとエルフと一緒に、
トレーニングルームにいることになり、
向井は死神課で手続きを始めた。

「セイくんはいますか? 」

「はい、はい、あっ向井さん」

セイが慌ててやってきた。

「トレーニングルームに出入り禁止中なんだって? 」

「そうなんですよ~ひどいと思いません? 
ちょっとくらい見学させてくれてもいいじゃないですか。
それなのに……」

むくれるセイに、

「はい、これ。くるみ君のサインね」

向井が色紙を手渡した。

「わ!! ホント? やったぁ~!! どこに飾ろう」

セイはニコニコ笑いながらサイン色紙を眺めていた。

「あっ、そうだ。名前を来栖十夜にして、
くるみ君のと言ってもティンですけど、
プロフィール写真と書類を出しておきましたよ」

「仕事が早いなぁ。助かります」

「なんのなんの。で、ティンの写真見てみます? 」

「えっ、あるの? 見たいな」

セイがタブレットから写真をタップした。

全身、アップとまるでスチールモデルのようなカットが出てきた。

「驚いたな。これ誰が撮影したの? 」

「フフフフフ」

セイが意味深に笑った。

「これは動物写真家で有名な、
加納佐吉氏が撮影協力してくれました」

「そうなの? 」

向井もその名前にびっくりした。

加納佐吉は派遣霊に登録されている一人で、
最近までまだ撮りたいものがあると死神を借りて、
向井とともに関東近辺だが撮影して歩いていた。

ビルからの街の風景。

公園から見た青空。

新芽を摘む鳥。

ごく普通に存在する写真を楽しそうに撮影していた。

若い頃は世界中を回って自然界の動物を神秘的に写し、
注目された芸術家の一人だった。

玉突き事故で亡くなった後、
派遣霊として三年前に登録されていた。

向井が加納に何を撮影したいのか尋ねると、

「日常を残したい」と言うので、
彼の撮影に付き合っていたというわけだ。

恐らく頭の中には明確なビジョンがあるのだろう。

「でね」

と、セイが話をつづけた。

「ジャジャジャジャーン!! 」

一冊の写真集を向井の前に置いた。

これは……

「そう、加納佐吉の冥界での写真集です」

「今まで彼が撮り続けたものを本にしたんですか? 」

向井も驚きながら本を手に取りページをめくった。

「冥王が彼の写真集を図書室に置きたいと本にされたんです。
で、その中の一枚をギャラリーに飾る予定なんですけど、
加納さんがもう一枚飾ってほしい写真があるそうで、
ギャラリーができるまで再生は待ってほしいとか」

「そうですか。加納さんも逝かれますか」

向井はしみじみと言いながらあるページで手を止めた。

「!! 」

「それ、綺麗でしょう」

セイが言った。

「冥界って天気がないから時間の動きがないっていうか、
死人の集まりだから流れが停止してるでしょう。
でも、その写真。
加納さんから見ると、
冥界にも時間の流れや人の動きがあるんだって、
僕らもビックリしたんです」

「確かに……俺達には見えてても感じ取れない、
冥界の時間の流れが分かるいい写真ですね」

「でしょう。だから冥王が、
この写真はギャラリーが出来たら絶対に飾るって」

人も自然も見ることができないはずなのに、
窓の外にはこんな美しさが広がっていたんだ。

何もないと思っていた景観が、
魂の光が蛍のように舞い、
少し見る視点を変えるだけで暗闇も光も感じ取れる。

加納さんの写真が素晴らしいのは、
この感受性から生み出されるからなのだと、
向井は本を見て思った。

「それでもう一つお願いがあるんですけど」

向井は写真集を閉じると言った。

「いいですよ。
サインをもらってくれたお礼に超特急で仕上げます。
で? なんですか? 」

「まずはくるみ君にマネージャーを付けたいので、
死神を借りたいんですけど」

「マネージャーですか。
一応、クリエイターズファントムの新人として提出したんですよね。
いるにはいるんですけど今は彼女だけかな? 」

セイがタブレットを見せた。

二十代前半くらいの若い女性だ。

「ティンくんと変わらないくらいの年に見えるんだけど、
彼女はこの仕事に慣れてる? 」

「顔は幼く見えますけど、
死神歴四十年のベテランですよ。
最近まで北支部の調査に出てて、
やっと中央に戻ってきたんです」

「そうなんですね。それなら大丈夫かな」

「大丈夫ですよ。なにはなくとも死神ですから」

「抑々、死神が少なくなっている理由を聞いてもいい? 」

「あぁ、それはですね。岸本さんが今朝早くに、
死神連れて行っちゃったんですよ。
除去のヘルプが足りなくて」

そういう事か。

牧野の除去には特例がヘルプで入っているから、
特例を回すこともできない。

「このところ悪霊の数が増えてて、
新田さんを除去課に移動して、
田所さんを再生課にと言っていたんですけど、
冥王が新田君には危険すぎるかなって。
ほら禿げ問題があったでしょ。
だから死神も増やしたくないし数だけが減っているわけです」

牧野君が聞いたら怒るな。

向井はうつむいて苦笑いした。

「そういう事なら仕方がないですね。
じゃあ、書類審査が通ったら彼女……名前は何だっけ」

「シェデムです」

「ではシェデムさんに、
くるみ君のマネージャーをお願いしますね」

「はい。分かりました」

セイはそういうと、シェデムに貸し出しチェックを入れた。


いいなと思ったら応援しよう!

八雲翔
よろしければサポートをお願いします! いただいたサポートは物作りの活動費として大切に使わせていただきます。

この記事が参加している募集