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【長編連載】アンダーワールド~冥王VS人間~ 第二部ー44ー

「特例派遣課のお仕事」

これで十分。満足だ。

スポットライトに歓声を浴びながら、
悠斗はその余韻に浸っていた。

舞台袖から見ていた向井涼介は、
カーテンコールを終えて戻ってきた悠斗に声をかけた。

「どうでした? 」

「最高の気分です」

自分の作・演出・主演で再演が決まり、
数々の賞も貰いこれからという時の出来事だった。

心残りというものはどうしようもないものだ。

「でも、これで心置きなく終われます。
向井さんのおかげです。有難うございました」

悠斗は頭を下げた。

「じゃあ、そろそろ行きますか」

「はい」

二人はまだ歓声が沸き起こる会場を抜けて、
その場を去った。

「おい、主役はどうした? 
これから取材もあるんだぞ」

スタッフの一人が悠斗の姿を探した。

「さっきまでそこにいましたけど、
どこに行ったんでしょう。探してきます」

舞台袖があわただしくなった。


今から半年前――――

向井はぼぅ~としながら、
道を歩いていている悠斗を見つけた。

「君、名前は? 」

との声に、
悠斗は初めて自分のいる場所に気づいたのか向井を見た。

「俺……どうして…そうだ……事故があって…俺……」

向井は悠斗の顔を見て、ハッとなった。

そういえば、数日前にニュースで……慌ててタブレットを開くと、

【舞台俳優 追突事故死】

記事が載っていた。

そうだ。田之倉悠斗だ。

何でこんな場所に?  

立ち止まって前を向く悠斗の視線を追うと、
そこには劇場があった。

向井は悠斗の様子に話を聞くため場所を変えた。

「ちょっと話を聞けるかな? 」

大通りを抜けた先にある公園のベンチに連れて行った。

悠斗が落ち着くのを待って向井は話しかけた。

「君は自分の今の状況を理解できていますか? 」

「えっ? 」

「君がここにいるという事は未練があるという事だから」

「未練…そうだ…オレ舞台の練習の為に…タクシーに乗って……? 」

悠斗は数日前に居眠り運転の追突事故に巻き込まれて、
病院に運ばれたことを思い出していた。

あの後…オレは…どうなった?  

悠斗の様子を見ていると、
どうやらその時からの記憶がなく、
ふらふら歩きまわっていたようだ。

体は綺麗なままなので、
心臓強打による鈍的損傷という発表は間違いではないらしい。

「俺の舞台……」

「君は事故で亡くなっているんですよ」

「死んだ……? 」

「舞台は代役が立つことに決まりました」

「代役……」

悠斗が跪いた。

これからだったのに……

その打ちひしがれた姿に、
向井は派遣霊として登録させることにしたのだ。

精神的な衝撃が強かった悠斗はまず魂治療を行い、
その間に向井は彼が舞台に立てるように、
死神課で書類を改ざんさせていた。

舞台は悠斗が全て手掛けていたこともあり、
操作も簡単に行えたのも運が良かった。

千秋楽公演は、
新人エイジを主演にした旨を記した書類一式を作り、
死神による関係者への記憶処理。

記者会見からポスターに至るまで、
エイジの名前で憑依させた死神セーズを使い、
今回無事、舞台を終えることができた。

死神様々である。

くるみの舞台とも並行していたので大変ではあったが、

いつもこのようにすんなり事が運べば、
派遣課の仕事も楽なのにな……

向井はそんなことを考えながら、
死神課のカウンターの前にいた。

「向井さん。田之倉悠斗さん、
無事消去課に進みましたよ。ご苦労様でした。
ここにサインをお願いします」

「はい」

向井はサインをした後、
周囲を見回してから、

「あれ? 今日はセイくんいないの?
除去の仕事は? 」

目の前にいるエナトに聞いた。

彼は除去の腕前が群を抜いているため、
除去課では取り合いになる死神の一人だ。

「牧野君が佐久間さんに引きずられていったから、
本日のノルマは大丈夫じゃないかな~」

エナトは楽しそうに言った。

「セイはね~
あとでトレーニングルームを覗いてごらん。
面白いものが見れますよ」

「? 」

向井は小首をかしげるとニヤニヤするエナトと別れ、
トレーニングルームに向かった。

中に入ると……

なるほど~

奥でティンにヒップホップのレッスンを受けるセイの姿があった。

頑張ってはいるものの……

う~~~~ん…?

向井は腕を組んで入り口で眺めていた。

すると、

「向井さん」

エルフが小走りでやってきた。

「セイですか? 」

「うん、今エナトさんに言われて見に来たんだけど、
セイくんはヒップホップを訓練中なんですか? 」

「くるみ君が再生されてから、
急に自分も踊りたいって言いだして、
ティンの空いた時間にレッスンを受けてるんですよ。
ただね~」

エルフも苦笑して腕を組む。

「リズム感が皆無なんだよね。
なんたってボックスも踏めなかったからね」

「ほぉ~それは大変でしたね」

「でしょう? 
一応ダンスらしくなってきたんで、
冥王が発表会でもしたらどうかって」

エルフが笑った。

「発表会か……
確かに歌とか手品とか好きなものもいるし、
冗談抜きで面白いかもしれませんよ」

向井が腕組みしながら見つめる姿に、

「そうか。それいいですね~
自由参加で募集かけてみるか。
この前の冥界婚からイベントごとを増やしてほしいと、
ご意見箱に来てたんですよ」

エルフは考え込むような表情で、
何やらアイデアが浮かんだのか、
向井に『じゃあ』と手を上げてその場を離れた。

そのあと暫くセイの奮闘する姿を見ていたが、

「俺も疲れたし、ちょっと仮眠をとろう」

と向井も休憩室に向かった。


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八雲翔
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