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【長編連載】アンダーワールド~冥王VS人間~ 第一部ー17ー

「特例 真紀子」

休憩室に戻ると牧野と早紀、田所は酔いつぶれ、
源じいはうたた寝。

真紀子だけが歌番組を見ながら編み物をしていた。

「みんな寝ちゃいましたか」

向井は笑った。

「源じいはずっと本を読んでたから、
疲れちゃったんじゃないかしら。
あとの人達ははしゃいで応援してたから」

真紀子は編み物をいったん止めて向井を見た。

真紀子は物言いも静かで上品な婦人だ。

会社をリストラされた後、
年齢もあって再就職が難しく過労だったうえに、
エスカレーターで上から人が倒れてきたので、
耐えられずにそのまま巻き込まれて亡くなった。

人生の後半は災難続きだったから、
ここでお仕事させてもらっているほうが幸せ。

真紀子はいつもそういって笑顔でいる。

人の幸せなんて計れるものがないのだから、
死んでいても今が幸せならそれでいい。

向井は特例の人間を見ているといつもそう思う。

死んでいるのに精いっぱい生きている。

人間とは不思議な生き物だ。

「そういえば佐久間さんは? 」

「疲れたと言っていたから、
もう休まれたんじゃないの? 
向井君も疲れているんじゃない? 
今日はお休みしたら? 」

真紀子は心配そうな顔をした。

「まあ、俺達は死人ですからね」

向井が笑うと、

「でも、体力は消耗するわよ。
私なんか力仕事でもないのに疲れるもの。
あなたたちは息子や娘みたいな存在なんだから、
心配にもなるわよ」

「ははは。俺の母親は真紀子さんのように、
おしとやかではなかったですけどね」

「あら、嬉しいこと言って。
何も出ないわよ」

真紀子はホホホと笑った。

「ところでそれは何を作っているんですか? 」

真紀子の手元を見て聞いた。

「ああ、これ? 休憩室のクッションカバー。
早紀ちゃんが気に入って、
自分のお部屋に持ってちゃったのよ。
そしたら冥王も、
自分の執務室のソファーに使っているらしくて、
作ると無くなるから」

「ここの人達は自分勝手だから。
ちゃんとお金もらわなきゃだめですよ。
今度俺の方から冥王には言っておきます」

「助かるわ。
特に冥王はここのソファーカバーも持っていっちゃって。
材料費もバカにならないんだもの」

「だったら、冥王に商品として売りつけちゃいましょう。
そしたら沢山手芸用品揃えられますよ」

「あら、それいいわね」

真紀子が笑った。

特例は調査室の会計課から、
給料を支給されるシステムになっている。

下界では現金が必要になる為、
それぞれに給料として支払われていた。

現金については冥界で管理されているので、
どのような流れになっているのかは特例も知らされていない。

派遣で得た現金も少ないながら、
冥界での資金に充てられているし、
まあ、分からない何かがあるのだろう。

ここには一応食堂もあるので、
冥界で働く死神も利用するが、
下界にいることの多い特例は、
テイクアウトして持って帰ってくる。

死人でありながら、
人間として一定時間地上にいる為、
空腹にもなるし、体力も消耗する。

死んでも生活の為に稼いでいるとは本当に笑い話である。

「そうだ。明日も下界に下りるわよね」

「はい、一応そのつもりですけど」

「だったらこの場所で、
これ受け取ってきてくれる? 」

真紀子はそういうと、
手芸店の名前が書かれたカードを向井に渡した。

「ちょっと前に買い物に行ったら、
その番号の刺繍糸がなくて取り寄せをお願いしたの。
そろそろ入荷されてるはずだから、
そのカードで商品もらってきてくれる? 
代金はもう支払ってあるから」

「いいですよ」

「このところ焼却数が多くて場所を離れられないのよ」

「わかりました」

向井がそういったところで、
冥王からの直通ブザーが鳴った。

これを持たされているのは向井だけなので、
いいようにパシリをさせられている。

「あらあら、大変ね。早く行ってらっしゃい」

真紀子が笑いながら言った。

「今度はなんだろう。俺は死神じゃないんですけどね」

向井は不平不満を言いながら部屋を出て行った。


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八雲翔
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