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【長編連載】アンダーワールド~冥王VS人間~ 第一部ー37ー

「幽霊 元秀」

「そういえば、俺がここに来た時、
死んでるのに死にたいって騒いだのを覚えてる? 」

元秀が思い出すように話し出した。

彼はテロの爆破で体が吹っ飛ばされていて、
簡単な処置はされていたものの、
海外からここへ運ばれるまで時間もあり、
冥界に来た時の魂はもがき苦しんでいた。

「最初に君を見た時に、
このまま魂の死を迎えた方が幸せなのではと、
俺達も悩んだんですよ」

一年前の出来事を向井は思い返して言った。

病気や事故などの霊は痛みに喘いでいるので
冥界に運ばれてくると一旦医務室に入り、
魂再生治療を受けることになっていた。

「だけど……」

元秀がその時を思い出すように話し始めた。

「治療を受けたら嘘みたいに体の痛みが取れて、
俺もちょっと欲が出てきたんだよね。
痛みの記憶も消えてたし、
描き残したいものがあるって話したら、
派遣登録できるって言われてさ。
あの時は驚いたなぁ~」

元秀が向井を見て笑顔になった。

元々無口な彼が、
こんなことを話すのも来世に進む準備が、
整い始めているからかもしれない。

「俺だって元は人間ですからね。
死んだ後にこんな仕事させられるなんて、
思ってもみませんでしたよ」

「そういえばそうか。アハハハハ」

元秀は声を立てて笑った。

「俺が生まれ変わって次に死んだ後にここに来るだろ。
その時に自分の作品を見てどんなふうに感じるんだろう。
死後にこんな世界があるのを知ったら、
多分死に対する考え方も違ってくるんだろうな」

「そうですね」

向井も自分の死を改めて考えていた。

俺の再生は六十五年後だが…………

どんな世の中に移り変わっているのか。

特別室とかかわっているので物恐ろしさの方が今は強い。

それでもいつかは再生の道へと進むことになる。

冥界でさえ天国でも地獄でもないとすれば、
この世界は何とつながっているのだろう。

下界で繰り広げられている多くの出来事が無価値に思えてくる。

向井がそんな考えに耽っていると、
先程まで騒いでいた霊の声がパタッと聞こえなくなった。

なんだ?

廊下を見ると、

「ギャアギャアうるせえんだよ!! 」

不機嫌な牧野が蹴り上げたようで、
霊の方が痛みで失神したらしい。

オクトも呆然として見ていた。

「牧野君、やりすぎですよ」

「でも、静かになっただろ? 
うるさくて眠れねえよ」

牧野は文句を言いながら休憩室に入っていった。

「疲れてるなら自室に戻ればいいのに」

早紀もそういいながらサロンを出て休憩室に向かった。

特例はそれぞれ部屋を与えられているが、
休憩室にいることが多い。

趣味に没頭したい時は自室にいるが、
それ以外は本を読んだり物を作ったりと、
休憩室は特例や死神の憩いの場になっていた。

仮眠なら休憩室の方が賑やかなのに、
何故か子守唄のようで落ち着くのが不思議だ。


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八雲翔
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