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私の恩師はギャップだらけ


#忘れられない先生


1.このテーマを選んだ理由

 こんなテーマが目に飛び込んできました。
 本来最初の記事は自己紹介というものを書くべきなのでしょうが、私は型にはまったことが嫌いで、こうして書いていることも自己紹介になるだろうと、あえてその記事を書くこともやめて、
書きたいことを書きます。

 さて本題ですが、  #忘れられない先生   について書くことで、私という人間を知ってもらいたいと思いました。
 私の  #忘れられない先生  は、
 中学校時代の社会科のK先生(男性)でした。
 背が高くどっしりとした体格の先生で、女子バレー部の顧問をされていました。

 その先生をこれからK先生と書き、
詳しく紹介していくとともに、どうして忘れられない先生になったのかを書いていこうと思います。




2.熱血指導とその代償を負った教育者

 K先生は、いつもキリッとして鋭い視線を注ぎ私たちを観察しておられました。その眼差しから注がれる視線を受けていると、生徒が気軽に話しかけて行けるような雰囲気ではない先生という印象を与えていました。
 でもそれは、私たちへの愛ゆえの情熱的な教育をされていたからだと、当時から気づいていました。
 だけど、信頼できる先生であることはわかっていても、本当に厳しい方だったので、中学生としては近寄りがたい雰囲気、体格もいいので…人気者の先生、というわけではありませんでした。

 

3.ユニークな授業と〇〇で氷つく教室


 
 
 しかしながら私は先生のことが大好きでした。
それは、授業中には打って変わってダジャレばかり言って何とか授業を盛り上げようとする、生徒思いの先生だったからです。
  但し、クラスでそのダジャレに大笑いしているのは私だけꉂ🤣
シーンとしてい教室に響き渡る先生のダジャレと私の笑い声。そしてほかのみんなの冷たい視線。
それが中学の社会科の、K先生の授業でした。

 そんな雰囲気の中、K先生がされる授業はとてもユニークなものでした。
 その一例を紹介します。

「経済の仕組みを、〇〇を使って
学んでみようと思います」

 「今日はみんなの生活に身近な経済活動について学びます。」といい、
「では、まずはこのアニメを見て、経済活動とは何かを考えて貰う。後でディスカッションをするから、よく見ておくように」といって、
1本のビデオテープを入れて再生した。読んでいて「アニメ!?」
と思ったら私はガッツうポーズです(笑
)

なんと、
どんな難しい映像が流れてくるのかとノートと鉛筆を握りしめて画面を見つめていたのですが…
次の瞬間、みんながキョトンとしたのを覚えています。

「え?私たち中学生だよね?「これで経済活動を学ぶ???」

誰も声に出してないけど、みんな考えていることはこの2つだったと確信しています。
流れてきたのはよく知っている声優の声に子供のおもちゃコーナーで見かけるあのヒーロー…

「それいけ!アンパンマン!」


アンパンマン公式サイト あんぱんまんanpanman.jp/about/friends/4zvqlpab9ixejb6d.htmlより


その力強いタイトルコールの後にオープニングテーマ、
それもお誰でも歌えるあの曲が流れ…
先生は音を小さく
して言いました。
「これから、アンパンマンのひとつの
話を見てもらって、経済活動について考えてもらいます」。
誰も何も突っ込めないことを知って
いるからか、「経済というのは事情があって、需要と供給によって成り立っている、と教科書には書いてある。
それをこれからアンパンマンで実感してもらう」とだけ説明して
先生はあるエピソードを1話10分程度のものを流しはじめました。
その話が終わると、先生はある問いかけをしました。

「さて、経済の市場において、活発な活動をしているのは、
アンパンマンか、バイキンマンか。
みんなはどう思う?」

…。
予想もしていなかった問いかけに、さらに凍りつく教室。


アンパンマン公式サイト https://www.anpanman.jp/about/friends/ig9of5oo4t52n8r2.htmlより

アンパンマンを思う人は手を挙げて?ほら。…なるほど、
ではあとの人はバイキンマンってこと
でいいんだね?
」と言われ、なんと挙手した方に別れて、どうしてそう思ったのかをグループで話、そして互いに議論をぶつけ合うという展開で授業は進んでいきました。
 
 
 先生は本当に、生徒思いの方でした。だけどそれを表に
出さず、ダジャレを言ってみたり厳しいことをはっきり伝
えてくださることで、私たちを高校に送り出すまでの指導
をしてくださいました。
 それはこう言う、難しいテーマを、なんともユニークな視点での授業にすることで、身近なものに感じて欲しいと
いう先生なりの工夫だった
と今でもかんじることができます。



4.卒業式にK先生から「贈られた言葉」

 
私は先生のダジャレに唯一反応する生徒、という点で先生のお気に入りだったので(笑)凍りついた教室でよく指名されていたことで先生に恩返しは沢山したつもりですꉂ🤣𐤔

 だから卒業式の時、K先生から送られた言葉は今でも忘れられません…

「お前がいなくなったら、俺のダジャレを誰が笑ってくれるんだ…」
 

5.本物の教育者


 先生は、厳しくすることで正しく教育して下さっていました。
だけど、たまに寂しくなるのか、ダジャレを連呼した時には、
たくさん腹式呼吸をしたものです(笑)
でも、きちんと当たり前のことをしている人に対しては、厳しさの中に優しさがあることを垣間見ることができました。


5.今、先生に会えたとしたら..。

 
  悩んだ時、担任の先生は「お前が悪いわけじゃない、だから気にしないこと」と言われてスッキリしなかったことも、
K先生は時間をとって真面目に聞いてくださいました。

 だからK先生は職員室でも孤立している感じがありました。
なんといっても、厳しい眼差しは先生からすれば同僚に当たる、ほかの先生方に対しても、だったからです。
 同じ教育者として、曲がったことが嫌いなK先生は、嫌なことが顔に出てしまうという子供っぽいところがあり、
私が心配していたことは知らないでしょう。

 だから、本当に笑っていたこともあるけれど、
実は気を使ってダジャレに反応していたこともありました(笑)
 今なら伝えられる、懺悔したいことです(笑)

そして、今生きることに疲れ果て始めた私に、ダジャレを連発して欲しいです(笑)
きっと、「嬉しいんだ、生きる歓び🎶」と歌い出しちゃうでしょう。

 そして、この世にも喝を入れるような一言で、まだまだ教育して欲しいものです。

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