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2B Channel 感謝祭 M型ライカで撮る縦写真

師匠・渡部さとるさんとの出会い

写真家・渡部さとるさんとのご縁は、今から3年8ヶ月前、新型コロナウイルス感染拡大中の2021年6月17日に始まりました。
写真に興味を持ち、渡部さんの運営する YouTube チャンネル「2B Channel」を見つけて夢中になり、メールでご連絡したところ、私の本を渡部さんが読んでくださっていたという幸運に恵まれたのです。
しばらくオンラインでのやりとりが続いた後、出会いから約2ヶ月後の8月21日に配信された、「モノクロ写真紹介」という動画で、はじめて 「2B Channel」に出演させていただきました。

渡部さんと出会わなければ、写真という芸術文化に出会い、今日のように充実した日々を送ることはありませんでした。
渡部さんの人柄、知識、おだやかな交友関係──何より、今も少年のようにカメラを手にするその姿は、私の人生の道標です。

2B Channel 感謝祭 開催

3/1(土)-3/2(日)、渋谷のルデコというギャラリーで「2B Channel」初のリアルイベント「2B Channel 感謝祭」を開催します。

「写真展」ではなく「感謝祭」としたのは「視聴者の皆様に感謝を伝える場を設けたい」という渡部さんの想いからです。

ハービー・山口さん、萩庭桂太さん(トークイベント出演)、鈴木麻弓さん、MINAMIさん、松下大介さん+Cameraholicsをお迎えし、作品展示やトークイベント(ライブ配信もします)等、写真を愛する方々に楽しんで頂けるようなイベントを企画しています。
折しも、パシフィコ横浜で行われる「CP+」(私も27日に出演予定)の開催中ですので、渋谷駅まで東横線で一本──ぜひ、お運びいただければ幸いです。
会場にいらっしゃれない方は「2B Channel」のオンライン配信で、ぜひ。

私も作品を展示&販売させて頂きます。
これまで、ライカ GINZA SIX や、ライカそごう横浜店、ライカ松坂屋名古屋店で写真展を開催させて頂きましたが、今回はプロデューサーの齋藤香織さんと相談しながら、展示作品を選びました。

テーマはふたつ。
元旦より始めたSNSで高い評価を頂いた写真の中からセレクトすること。
旅と物語をテーマに、鑑賞して下さる方が旅をしているような感覚になる構成を目指すこと。

仕事柄、自分が作品を世に出す時は、編集者やプロデューサーに任せるようにしています。
ライカの展示は、渡部さんに選んで頂きました。信頼する人に任せ、自分もお客さんと同じ目線に立つ。
今回の展示は、齋藤さんプロデュース、プリントは渡部さんプロデュースです。

書くように撮り 撮るように書く

私はアニメーションや映画、執筆を生業としてきました。
書く時は、シーンが浮かぶように書き、撮る時は、物語を感じるように撮る。

「書くように撮り 撮るように書く」

が、私の表現活動におけるテーマです。
今回、作品展示&販売をさせていただくにあたり、齋藤プロデューサーがセレクトした写真を眺めながら、あることに気づきました。
すべて「縦写真」だったのです。

人間の視界は、横に広がっています。
横向きの写真は、人間の見た目に比較的近い。縦構図の写真は、現実を縦に「切り取る」という感覚があります。
人間は、世界を水平に見ている。眼の前の現実を縦構図で切り取った瞬間、世界は撮影者の「主観」に変わるような気がします。
カメラを縦に構え、脇を締めてファインダーをのぞくとき、撮影者は「何を撮るか」について自覚的になるのかもしれません。

横写真を言語化する時、左から右へ──「横書き」に言葉を紡いでいる感覚がありますが、縦写真の場合、上から下へ「縦書き」で小説を書くようなイメージがあります。

エジンバラ「Champany Inn

昨年の夏は、スコットランドのエジンバラと、イギリスのロンドンを旅しました。

エジンバラから自動車で50分あまり。
果てしない田園風景が広がるLinlithgow村の外れに「Champany Inn」というホテル兼レストランがひっそりと建っています。
エンジンバラに駐在経験のある知人に「エジンバラを訪れたらぜひ」と薦めて頂いたレストランは、ここのTボーンステーキに勝るものはない……と言われる、40年の歴史を持つ老舗レストランです。

訪れたのはランチでしたが、ヨーロッパのレストランらしく、店内の光は控えめな照明と蝋燭のみ。
食事を待つ間、窓から入ってくる光を探しながら「ライカ M10-P」と「アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.」で撮影した一枚。
食事や喫茶、友人や家族と語り合う時に、最も適した光というものがある気がします。
明るすぎては落ち着きませんし、暗すぎては会話に集中できません。
ゆっくり時間をかけて食事を楽しむヨーロッパのレストランには、やわらかな日差しが差し込む席があり、こうした「光と影の席」を見つけるのも密かな楽しみです。
窓枠とテーブルをフレームに収めるために縦構図で撮った記憶がありますが、この席で交わされた会話が聞こえてくるような写真になっているといいな……と思います。

食べきれないほどのTボーンステーキは絶品でした

ロンドン・ケンジントンのフレンチブルドッグ

ロンドンで滞在したのは、ハイド・パークの西に広がるケンジントンのAirbnbでした。
Airbnbに宿泊するメリットのひとつに、繁華街ではない、現地の人々の生活に触れられるという面白さがあります。
カメラを手にケンジントンの街とハイド・パークを歩き、ここちよい疲労感をまといながらAirbnbに戻ると、すぐ近くの商店の中に、立派なフレンチブルドッグの姿が見えました。
少し距離を置きながら眺めていると、フレンチブルドッグはひょこっとドアの中から顔をのぞかせました。

「かあちゃん、まだかなぁ」

ロンドンの高級住宅街にいるのに、心が小学校時代に遡りました。
東京・江戸川区の下町にあった実家で、夕闇が迫る中、母の帰りをひとり玄関で待っていた時の記憶……。
切ない気分に胸を締め付けられていると、むかって左手の歩道を歩いてくるダンディーな男性の姿が見えました。
御主人様のお帰りで、フレンチブルドッグが笑顔になった瞬間を、一枚。
横構図だと飼い主も写せる場所ではありましたが、撮りたかったのは飼い主を待つフレンチブルドッグだったので、縦構図を選びました。

尻尾をふりふり、御主人様について中へ入ってゆきました(オスでした)

ソール・ライターにあこがれて

カラー写真のパイオニアと呼ばれ、ニューヨークの街を切り取り続けた写真家、ソール・ライターは、縦構図写真の名手です。
手元にある写真集を紐解いても、コダクロームのポジフィルムを中心に撮られたソール・ライターの写真は縦構図が多い。ニューヨークというビルが肩を寄せ合う世界を撮るのに縦構図が適していたということもあると思いますが、望遠寄りのレンズで、都市や人を「切り取る」ことが純粋に楽しかったのではないか……と想像します。
縦構図の多いファッション雑誌のフォトグラファーだったということもあるかもしれません。
元々、画家になりたかったソール・ライターは、葛飾北斎等の浮世絵や、マーク・ロスコーなどの抽象表現主義の画家に影響を受けていました。北斎の浮世絵も、ロスコーの絵も縦構図が多い。
ロンドン、ウエスト・エンドで「レ・ミゼラブル」の開演を待つ間に、カフェで時を過ごす女性と、ウインドウに写り込む古い劇場の壁を撮った「ソール・ライター風」の一枚です。

「ソール・ライター風」の写真はSNS上に溢れている
ので難しい……

東京・錦糸町にて

時と場所が変わって、東京です。
先日、東京現代美術館で開催されている「坂本龍一 │ 音を視る 時を聴く」という展覧会を見てきました。
巨匠の遺した音や記憶を、多様なインスタレーションを通して蘇らせるという展示を鑑賞しながら、メディアの持つ記録性と、そこから立ち上がる記憶のあり方について考えさせられました。
錦糸町を訪れると必ずのれんをくぐる、老舗の蕎麦屋があります。
単品のお惣菜が美味しくて、僕のような下町育ちの人間には、錦糸町あたりの雑多なお店が一番居心地がいい。
カレー南蛮蕎麦で胃袋をあたためた後、店を出ると、向かいのお店が店じまいをしたばかりで、警備員の男性が、立入禁止のポールを地面から引き出すところでした。

「カラーコーンと警備員さん、似てるな」

──と、カメラを手にします。
横構図で撮っても面白いと思いますが、警備員さんの頭上に空間を作ったほうが物語性を感じると思い、少し下がった後警備員さんが二本目のポールを引き出すのを待ち、シャッターを切りました。
警備員さんはこの後、錦糸町の街で一杯やってから家路につくのでしょうか。
その場に残された三本の三角コーンが、どこか寂しげに、私を見ている気がしました。

モノクロにすることで、カラーコーンと警備員さんの一体感を出してみました

エジンバラ・カールトン・ヒルのグラーデション

ふたたびエジンバラへ(展示の順番で書かせて頂いています)。
エジンバラで宿泊したAirbnbは、旧市街をのぞむカールトン・ヒルの近くにあり、毎朝毎夕、丘に登って街を眺めるのが楽しみでした。

夏とはいえ、上着がないと少々肌寒い明け方の丘で日の出を待っていると、色彩を失っていた空が青みを帯び始め、つかの間、空がピンク色に染まる瞬間がありました。今が朝なのか夕方なのか、それともどこか別な世界にいるのか……という錯覚におちいり、カメラを手にしていることを忘れ、誰もいないカールトン・ヒルに佇んでいました。
むかって右方向からカモメがゆっくりと飛んでくるのが視界に入りました。我に返ってカメラを縦に構え直し、ピンクとブルーのグラーデーションのキャンバスの上で、最もカモメがコントラストを帯びるであろう場所に飛んできたところで、シャッターを切りました。
あえて街を写しませんでしたが、縦構図で切り取ったフレームの外に広がる古都の風景と空気を、今もありありと思い出せます。

PureRawというソフトウェアで、
朝の透明な空気感をつくってから現像しています

ボケたら幸運と思え

日本人はなぜ、印象派の画を好むのでしょうか。
先に記した、ソール・ライターが影響を受けた「ナビ派」のピエール・ボナールの作品も、モネやルノワールをはじめとする印象派の系譜に連なる画家です。
それまでのキリスト教文化圏の宗教的な絵画から開放され、世界を自由に描く作風が日本人に馴染むのか、ボナールやモネらが「ジャポニズム」に影響を受けたことによる原点回帰か、諸説ありますが、絵巻物から浮世絵、漫画やアニメに連なる日本の絵画やキャラクターは常に平面的・記号的であるということと無関係ではないと思います。

縦構図は、平面的・記号的に世界を表現することに向いています。
視界の左右が切り取られていることにより、世界が記号化するだけではなく、標準から望遠寄りで撮ったほうが縦構図は収まりがよく、結果画面全体に圧縮効果が生まれ、平面的な撮影結果が得られるからです。

ロンドンのハイド・パークの西、ケンジントンガーデンは、日本の整地された公園と違い、起伏にとんだ芝生が広がっている場所が多くあります。歩道から奥に入ったところで、芝生に足を投げ出しながら語り合う女性の後ろ姿が見えました。
少し膝を落とすと、起伏の向こうに座るふたりが隠れる形になることに気づき、思い切って地面の近くでカメラを構え、手前の木の葉と、奥に広がる林に奥行きが生まれるようにして、シャッターを切りました。
ファインダーを覗かずに地面すれすれで撮ったことで、女性ふたりにはフォーカスが合っていません。
こうした、意図せずフォーカスが合っていない写真のほうが、思ってもみない撮影結果を得られることが多い。
林、芝生、丘に隠れるふたりと手前の葉が一体化し、絵の具で描いたような写真ができあがったような気がして、少し明瞭度を下げ、より絵画的になるように現像した一枚です。

今回の展示では、渡部さとるさんが紙まで選んでプリントして下さっていますが、

「今回の石井さんの写真は、絹目よりもマットのほうが合うね」

と仰ってくださった時「さすが渡部さん!」と、心の中でガッツボーズをしました。

ふたりの会話も、縦構図のほうが聞こえてくる気がする

パディントン駅の光と影

ケンジントンの街に宿をとったのは、サウス・ケンジントンを拠点に活躍するモノクロ写真の名手、アラン・シャラーに会えるのでは……というミーハーな下心があったからでした。
M型ライカを手に、構築的で印象的なモノクロ写真を撮るアラン・シャラーの作品の多くも縦構図です。
ビクトリア時代のエンジニア、イザムバード・キングダム・ブルネルが設計した駅舎は、鉄とガラスで構成された吹き抜け構造になっています。縦構図で駅の改札側から駅の外を狙い、最も印象的なシルエットの人物を狙って撮った一枚。中東系の、アバーヤ(全身を覆う衣装)を身にまとった女性でした。
M型ライカは、フレーム内に入ってくる被写体を狙って撮るのに適したカメラです。ミラーレスカメラやスマートフォンでは、なかなかこういう瞬間は狙えません(僕自身の慣れの問題ですが)。

アラン・シャラーとは、帰国後ライカ銀座店でばったり会えました

パリの夜明け

最後は、まだライカで撮り始めたばかりの写真です。
2022年11月、その後毎年訪れることとなるパリ・フォトへと初めて旅した初日の一枚。
日本からのフライトが、シャルル・ド・ゴール空港へ明け方に着陸し、空港からのバスを乗り継いでルーブル美術館の前で、凍えそうになりながら夜明けを待っていました。

旅の初日は、期待感の背後に、少しの不安が同居しています。
神秘的なルーブルの威容を見つめながらカメラを手にしていると、彫像の頭の上にとまるカモメに目がとまり、思わず緊張がゆるみました。
沈む前の月を縦構図に入れて数枚シャッターを切っていると、バサバサと羽の音がし、描きかけのキャンバスに神様が筆を落としてくれたかのように、カモメが空間を舞い始めました。
息を潜めて彫像にフォーカスを合わせたまま、カモメが彫像の真上にきた瞬間を狙って、シャッターを切りました。

最後の写真に、まだカメラを触りたてのビギナーズラック的な写真を選んで頂いたことに、

はじめて写真を撮った時の感覚を忘れるな──。

と背中を押して頂いたような気がします。

この後に口にしたエスプレッソとクロワッサンの味が忘れられない

最後に

最後に、いつも渡部さんの「2B Channel」をご覧下さっている皆様に、心より御礼申し上げます。
僕の役割は、渡部さんやゲストの方々のお話を、視聴者の皆さんと同じ目線で聞くこと。

3年8ヶ月前には、写真のことをまったく知らなかった私が、こうして渡部さんや署先輩方と共に表現活動をさせていただいていることは本当に幸せです。これからも謙虚に、知らないことを知りたいという姿勢を貫きながら、視聴者の皆さんと、渡部さんや素晴らしい表現者の方々から、写真という芸術文化について学んでゆきたいと思います。

ある人に「人の話を聞く時に最も大切なことは何か──」という極意を教えて頂いたことが、僕の「2B channel」に関わらせていただくにあたっての姿勢の原点です。

「知っていることを、知らないかのように聞くこと」

言葉にするとちょっと変ですが、こういうことだと思っています。
ただ知らない人間が、専門家やプロに聞くだけでは意味がない。より深く知り、勉強し、その上で「知ったつもりにならず」に聞く。

今後も、一生飽きることのないであろう表現の世界について学び、追求してゆきたいと思います。
「2B Channel感謝祭」の会場や配信で、皆さんとお目にかかるのを楽しみにしています。

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