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キヰの一声

 入道雲を浮かべる群青の中央に眩い黄金が陣どっている。瓦屋根にひかりを遮られた拝殿の影から、キヰが現れて花の庭を見渡した。夏椿、アイリスやアナベル、百合その他が彩る花の庭の中央にわたしが座っている。
 立ち上がったわたしは二匹のきつねの視線をぬけ、鳥居をくぐった。真っ赤な袴を穿いた上に純白の羽織をまとうキヰは、刷毛のかたちの足袋で床をふみしめ、小さな顔を眩しそうにこちらへ向けると、硝子のような声を上げた。
 キヰの声が鳴り渡ると上空が引きしまる。濃くなった群青の下、地上における遅咲きのアイリスから始まる多彩色の花の庭までが色の濃度を上げる。
 一七歳、と、二〇下のキヰをわたしが勃起の視線で見ていると、彼女が見つめ返して告げた。
 あなたは行為をファンタジーだと思っている、それだから、自慰で済ますように。
 申し渡されたわたしは境内から駆けだして裏に廻り、巨人の下顎の歯並びの崖と本殿に挟まれた陰地に入り込んだ。ズボンを下ろし、手をさしのべるキヰを想像すれば、そのキヰは鮮明な虹を発してこちらを飲み込もうとしてくる。その脳裏のキヰの色にストップモーションをかける。
 虹に彩られたストップモーションの桐子へと勃起をにぎりしめ励んだあげく絶頂に達し、崖めがけて真っ白が発射されると、汗まみれの躰に蝉の鳴き声が流れ込んで責め立てる。
 蝉の非難にわたしは不服を申し立てたりしない。鳴き声のすべてを認めながら無言でズボンを上げると、ふたたび花を摘みに、キヰの声の方角へ歩きだす。


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