マリーエンバート
男と女が、簡易ホテルの窓辺でむかいあいお金の話をしている。窓の外の、マリーエンバートらしくない空き地に陽だまりができている。
お金がないのにこんな保養地にきて、それに病の自覚もない。健康的な二人のうち女のほうが庭を指さして、あの土地の値段いくらかしらと口にすれば、男が眉をよせる。二人は借金の返済の話をしていた。
と思ったら、hiphopカレー店のメニューはビーフよりチキンがあうなどと二人の話は飛びに飛ぶ。
老ゲーテは五〇下の娘を優雅に狙ったつもりだったが、マリーエンバートの彼女のほうが上手だった。いくらつぎ込んでも効果がなかったその歴史のできごとについて、二人によるゴシップ雑誌のイマジネーションは、年老いた詩人の失恋よりも彼の食いぶちを気にしはじめる。
詩で食えたら楽なのにと男がいう。楽な詩で食べていけるならねと女がかえす。男の書く詩について、いつも女は悪口ではなくて批評だといって口を挟む。
男のほうが話をかえて、あの豪華ホテルのカードディーラーをやりこめるぞと意気込んでみせると、たくらみがもっと必要ねと女。
この場所からどこへ移るのか。良い場所が良いに決まっている。まさか徒歩で移るわけではないはずと、二人が同時に窓をみた。
マリーエンバートらしくない空き地に馬車が休んだ。二人はスーツケースのなかの金目のものの乏しさにため息をつくことをこらえ、空き地をみつめる。
たてがみの首が上下した。