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至上の愛/A Love Supreme

 やにわに竜巻くのは楽器からではなくて楽器をさえ超える音、音から音が発生しているような、コルトレーンではなくてコルトレーンの亡霊、の音、あかるい部屋を横切ってゆらぐ亡霊の音に耳をかたむける。
 
 ところ変われば友人とピザハウスにて、さればコルトレーンの亡霊も浮遊の尾行、メイプルウッドのテーブルにはみんな大好きハラペーニョにガーリック、チポートレイ、オリジナル、ハバネロ、スコーピオン、スコーピオン? どんなチリソースかなとにぎやかな席にもなお竜巻く例の音、これから生演奏がはじまるのに大丈夫なのかしらと訝しげな目でこちらと亡霊の音を見つめる向かいの友人。

 喋りだしたのは女の小洒落たフルート、けれども細い腕をふるうフル回転のフルートもチューナーの狂いにふるえ弁解をはじめる自己にふと気落ちすればふふふ気にするな気がふれたように髪ふり乱して元気をだせとうっかり微笑んでしまったコルトレーン。の、亡霊。

 扉をあけると雨だ、土砂降っても竜巻く音は、けれども叩き落とされない。歩きだす路面の黒色に街の夜景の色彩、いつのまにと記憶をたどる雨音の駅、Suicaがpico.

 ぬれたズボンのカーキ色へそれともなしに目を落としてそれペインターパンツだろまた流行するのかと車窓の夜を見上げればしたたる電線のかなたも暗く土砂降る街並みの、そらその恋愛映画のような色あいで横流れするフィルムの有り様──

 意表を突く恋心、ようは恋かクスリくらいしか愉しいことがないくらい退屈なのはいまにはじまったことではないからだろうと同情らしく自己を棚上げして語りかけると、そちらはそのときを境にジャンケンは無論その他なにかにつけて拳をふり上げるようになったあげく憂国の徒。

 亡霊の音から思想を読みとるならお気に召すままだがしかし亡霊の音じたいには思想などありはしない。
 よってそれはあのコルトレーンの亡霊の音の残滓による。それによる。それによるにすぎない。


To all tones.


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