陸影を浮かべ
対岸に浮かぶ陸影をながめていた。あの向こうには光彩陸離な繁華街があって、この刻限、彼女は誰かとすごしているに違いない。
この夜を誰かとたゆたう彼女、そうかんがえるだけで胸が苦しくなる。一日何も食べていない。
失恋と呼べるだろうか。告白もしていない。気持ちがつたわっているかさえ定かでない。よもや、これが本物の恋といえるのかすら定かでない。いまさらそんな。
定かなのは、彼女のアカウントがこの手にひかっていること、そしてそれを過剰に意識していること、消して忘れることは不可能だ。彼女のアカウントは彼女の名前だった。
記憶が憔悴に鞭を打つ。恋だろうが同僚だろうが知ったことじゃねえ、と身を乗り出す目前の海は黒いゼリーのようだ。
液体のような画面をタップする指先はふるえていた。どれだけ経ったか。相手は丁寧な口調で出た。どもりがちにここからそちらを見つめていることをつたえた。
つたわったか、定かとはいえない。相手の口調は、けれどもうれしそうだった。その視線を夢にも思わずすごしていたってわけね、と砕けた口調で笑った。
のち、ブロックノイズにまみれた映像の暗闇に、ひかりが浮かびゆれて見えた。一体それが何なのか、まったくもって定かならぬ。まったくだ。まったく。
と、ついてしまったため息を後悔して見上げれは、頭上、工業ベルト地帯の輝きに夜空までもが発光している。雲の切れ目に、欠けた月が覗けていた。