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めぐりあわせを今夜は

 お風呂のあと冷えた薬膳茶を飲み、ゆいは雨上がりのようなその顔に化粧水をほどこしていた。今日あった男にフェチだといって褒められたそばかすの部分をとくにケアしながら、その男のことをパパに話した。「べつに、仲よくできそうならいいんじゃないか?」とパパがいう。

 自分が気にしているところを他人に褒められると、ますます気にするようになる。自分が劣等感を抱くものを他人に褒められると、「そんな私を好きに思ってくれるのね」などとはならず、相手と自分が決定的にあわないということの証明、強めにいって、人格があわない、と思ってしまう。嫌いなものを好きだといわれ、悪いと思うことを良いことだと思われ、あげく、尊いと思うことを邪悪だなどと思われて……

 そんなことを思う私はわがままかしら。ゆいは幼い頃にテレビで知った、三高(高学歴、高収入、高身長)を思い出して、知ったことかと嘲笑ったかと思えば、ふと乳液を忘れていたことに思い至り、あわててほどこして整える。自分は何度この顔を見てきたんだろう、とミラーに微笑みかける。いけてるほうだと思ってみる、と、さらに微笑んでみる、が、同じ顔である。

 出会いが世界を変えることなら知っている。そんな男もいなくはなかったし、それは異性に限ったことではないことも知っている。けれども、もしかして逆なのでは、と思った。出会いが世界を変えるのではなく、世界が変わって出会いが生まれるということ。そう思ってみるとふたたび部屋の掃除がしたくなった。

 今朝掃除で使ったはたきで再度棚をはたき出した。掃除は好きでやっているわけではない。けれども、自分の世界が更新されていく感触がして、それは好きだった。あけた窓から夜鳥の鳴き声が聴こえてきた。一羽だけで鳴いている。だとしても、まったくさみしくは聴こえない。鳥とはいえ、誰も聴いていないなら、声など出すはずもない。あの鳥はきらびやかな羽根で自分を飾り、この自分より多くの出会いを重ねてきたりして、などと思う。鳥の世界は出会いの世界、と今夜は妙に色々思ってしまう。きっと勧められて行ってきた縁談のせいだ。

 思いはたくさんある。ティントにも、コンシーラーにも、アクセサリなどにも思い出が宿っている。アイテムは記憶の宝庫だ。結婚前提で相手と言葉を交わした今日、昔の男にもらったトレンチコートをあえて着て出席してみた。そばかすを褒めてくる、見知らぬ相手。かつて縁がなかった、いまも縁がない、何か異物感のようなものを覚える相手。こちらの思いが何も宿っていない、宿りようがないような。そんな相手よりアイテムたちを大切にしなくては、などと思った。

 部屋のベッドに寝そべって、今夜はそんなに悪くない夜よ、とゆいは休日にあうことになる男にメッセージを返した。どんな夜? すかさず相手が聴いてくる。鳥が一羽だけで鳴く夜、と彼女が送る。さみしそうだね、君もさみしいか、といわれて彼女はため息を我慢した。パジャマ姿かな? と相手はなお聴く。

 画面を消したゆいは、全身のちからを抜いて、目をとじた。まもなく、安らかな一刻がやってきて、夜鳥の声がそれにまじった。そのまま、もぎたての果実のような目覚ましい朝の予感とともに、彼女はうつつからゆめへ移行していった。



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