幸福度のV字の谷の底から――伊吹有喜『ミッドナイト・バス』書評
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第一生命経済研究所の調査によれば、男性の幸福度が最も下がるのは四〇代だという。そこから年齢を重ねるごとにV字を描き、徐々に幸福度は上昇していく。働き盛りだが自分の人生の限界も見え、野心も衰えるのが四〇代。子育てがおわり、自らをうけいれて第二の人生をあゆみだすのが五〇代、ということらしい。あたかも一度死に、再び成長するように。
『ミッドナイト・バス』は、そんな子育てをおえた四〇代後半から五〇代の、「再生」の最中にある親のための物語だ。
娘・息子は大学を卒業し、自分たちはもちろんまだ介護されるような状態ではない。親と子の間で金銭を伴う利害関係が希薄になる時期。金銭関係が絡まないからこそ親と子が人としてぶつかり、本音をうちあけられる。言えなかったことも言える……そんな時期のはずなのだ。
主人公はバツイチ、四九歳の高宮利一。年下の女性との再婚を視野にいれつつも、前妻・美雪のこと時折思い出す。利一の二四歳になる娘は交際と仕事のいずれにも揺れが生じ、二七歳の息子は会社を辞めた。美雪も年下の恋人がいるが、三〇代で離婚して以来、子どもと向き合う機会がなく、再会に臆病になっている。
それぞれが、胸にもやもやを抱えている。お互い言いたいことも、本当のところどうなのか、訊いてみたいこともある。どうして離婚したの。仕事は大丈夫なの。しかし家族といえど、成人してしまえば独立した個人である。親の恋路に口をはさまれる筋合いはないし、子の身の振り方をどうこう言ったところで、最終的には本人が決めることだ。けれど、互いに心のどこかで信頼しあい、つながってもいる。きっかけさえあれば腹を割って話せるし、一歩踏み出すときには支えになる。そんな家族の姿を、本作は映す。
家族とはいつでも話せると思うから、大事なことを後回しにしてしまう。そうではないだろうか?