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バス、走る。 #旅する日本語



からかわれているのだと思った。


「生一本だね」


笑った貴女の顔は俺の人生でもっとも魅力的な笑顔だった。悔しいはずの年下扱いにもくらくらしてろくに話もできなかった。

夜九時台の東京駅八重洲口でキャリーケースの列に加わる。高速バスの停車場は吹きさらしの北風が身に堪えた。

貴女が俺を拒むのは「婚約者がいるから」とか「大学生に手を出せない」とか、どれも遠巻きに聞こえる理由だった。

振るなら大嫌いと突っぱねてくださいと言ったら、貴女は困ったように微笑んでいた。


「東京駅発ー、千葉館山行きです」


目の前に大型バスが止まると少しだけ風がやむ。


館山は寒いですか。

結婚生活はどうですか。

貴女は凍えていませんか。


冷えた指先が震えて、同時に受話器越しに聞こえた「会いたい」の声の震えを思い出す。辛いときだけ縋るなんてずるいと思うのに、貴女のそばへ走った。


俺、真面目じゃないです。


貴女のためなら、レポートの〆切りなんてどうでもよかった。




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七屋 糸
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