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おまんじゅうを食べながら身延から帰ろう。

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15時22分、バスは身延駅に着いた。たかやまさんを起こす。列車に乗り換えるまでの間に、たかやまさんが行きたいと言っていた駅前の栄昇堂でみのぶまんじゅうを買う。

みのぶまんじゅうはいくつかのお店で作られ売られているが、ささづかのおすすめは身延駅前の栄昇堂である

名物にうまいものなしと言われるけれど、みのぶまんじゅうはとりあえず例外である。こしあんを薄皮で包んで蒸したおまんじゅうで、すごくおいしい。地元の人もお茶請け用に買うし、人にプレゼントしても確実に喜ばれる。わたしにとってあまりにも日常のものすぎて、みのぶまんじゅうの写真を撮るのを忘れるくらいである。

みのぶまんじゅうはゆるキャンにも登場する(漫画第3巻第14話、アニメ第1期第8話)。栄昇堂に入店するとたかやまさんの眠気は吹っ飛び、バラで30個も注文して紙袋に詰めてもらっている。消費期限は4日間という情報を得た上で30個。おそろしい。

さっそく富士川沿いにあるベンチに座ってひとつ食べてみる。3口サイズくらいの小判型のフォルム。つやつやした醤油の香りのする生地がなめらかなこしあんを包んでいる。

たかやまさん
「ん、これおいしい」

ささづかまとめ
「でしょー。あとは電車の中で食べましょうか」

たかやまさん
「うん」

ささづかまとめ
「ここ、さすがに寒いですし」

風が強い。日が傾いてきた途端に寒くなった。もうそろそろ年の瀬だ。たかやまさんが食べかけていた2つ目のみのぶまんじゅうを口の中に放りこんで、立ち上がる。今さらながら、こんな気温の中ミニスカートでよく過ごせるなと思うが、たかやまさん的には寒くないらしい。

栄昇堂の後ろには富士川が流れている。川の向こう、左手前の山の背後にさっきまでわたしたちのいた身延山の門内商店街がある

身延駅の待合室は広くて、その代わり寒い。さっきのベンチと比べると風がないので少しだけマシだ。

駅員さんが列車がやってくるというアナウンスをする。15時45分発の甲府行き普通列車。車内は空いている。2両編成に10人ちょっとしか乗っていない。身延線の身延周辺の区間はあまり混雑しない区間で、快適に乗ることができる。しかしあまりにも乗客が少ないとそれはそれで路線の行く末が不安になる。

身延駅に入線する313系3000番台。高校生だったわたしはこの列車で通学していた。乗車中はひたすら読書に耽り、目が疲れると車窓の景色を眺めていた

ボックス席に座るとき、たかやまさんはわたしの横に座る。なによりわたしにとっては車窓の景色を撮影しようとするとき、たかやまさんが反射して映りこまなくていい。あとは車内が空いていればお互いに脚がのばせるとか、混み合って相席になったときに気まずくならないとか。たかやまさんにとっては眠ったときに知らない人の肩に寄りかかってしまわないのがいいらしい。

身延から2駅目の波高島(はだかじま)の近くで中部横断道の工事が行われているのを見る。ここにインターチェンジができるそうだ。小さいころからただの山間地域だと思っていたところにこんな巨大な構造物ができているとびっくりする。

2018年12月時点では建設中だった下部温泉早川IC。2021年に全面的に供用開始となった

うとうとしていたら知らないうちにいくつも駅を過ぎている。たかやまさんはみのぶまんじゅうの入った紙袋を大事そうに抱きしめて眠っている。

列車は甲府盆地に入っていて、車内の座席は埋まってきていた。わたしが通っていた高校の最寄駅から、見慣れた制服の高校生たちが乗ってくる。なんだか不思議な気分だ。黒のブレザーに無難な色のチェックのスカート。ちょっと前まで、わたしもあんなふうにぼーっとして、窮屈そうに生きていたのだろう。

車内のざわめきにたかやまさんが目を覚ます。列車は大きく左にカーブして、中央本線と並走するようになる。甲府駅には17時14分に着いた。

身延線のホームは中央線のホームの端っこを切り欠いて作ったような場所にある。跨線橋を目指して歩いていると、たかやまさんが横を歩く高校生を見て、
「ねえ、あれってさーさちゃんの学校の制服じゃない?」
と言う。高校の制服を着てたかやまさんに会ったことは当時一度しかなかったはずだが、よく覚えているなと思う。

たかやまさん
「制服ってお部屋にある? それとも売っちゃった?」

ささづかまとめ
「売るわけないじゃないですか。ちゃんとクリーニングしてしまってありますよ?」

たかやまさん
「そうなんだ。よかった」

たかやまさんは笑って、ふふん、と鼻を鳴らした。


わたしは一度改札を出て、立川までの自由席特急券を買った。たかやまさんは駅ビルのトイレに行く。たかやまさんは子どものころから甲府駅には何度か来ているので、ある程度はこの駅のつくりをわかっている。用を済ませて戻ってきたたかやまさんと合流して、中央本線の上りホームに向かう。

甲府始発のかいじ120号は2番線からの発車。去年導入された新型車両で運転される。営業運転開始からまもなく1年が経とうとするE353系はまだピカピカだ。見た目は以前走っていたスーパーあずさのE351系に少し似ている。

早速乗車して間接照明に水色のモケットが映える清潔感のあるシートに身体を沈めてくつろぐ。

たかやまさん
「新しい匂いがする」

ささづかまとめ
「しますねえ」

座席の真上を見ると、首都圏の普通列車グリーン車にあるようなLEDのランプがついている。今は作動していないが、来年の春のダイヤ改正から始まる着席サービス用の装備だ。自由席が廃止されて全車指定席になり、指定席券が発売済みの座席は頭上のランプが点灯して車内改札が省略される仕組みだ。自由席ユーザーからすると値上がりになるけれど、従来の指定席券よりは安くなるし、悪くないサービスだ。

新型車両はヘッドレストの高さが変えられたり、コンセントが用意されるようになったり、新しい部分も多いけれど、それほどは変わらない。現在置き換えられているE257系も優れた車両なのだ。

甲府を発車するとすぐに車内販売が来たのでパウンドケーキとコーヒーのセットを注文する。たかやまさんは予想に反してコーヒーだけ注文したけれど、大切に携えてきたみのぶまんじゅうを取り出して黙々と食べ始めた。たかやまさん曰く、コーヒーとみのぶまんじゅうはとても合うらしい。そうでしょう、そうでしょう。


みのぶまんじゅうを何個も食べてたかやまさんは眠り、再び起きた。E353系は車体を傾かせながら上野原を通過するところだった。

たかやまさん
「またどこか、さーさちゃんと行きたい」

たかやまさんが寝起きの少し枯れた声で言った。

ささづかまとめ
「どこか行きたいところありますか?」

たかやまさん
「さーさちゃんが行きたいところでいい。わたしはついてく」

ささづかまとめ
「ええー? ちょっとは提案してくれるほうがうれしいですよ?」

たかやまさんはうーん、としばらく考える。

たかやまさん
「それじゃあ、来年はどこかに初日の出を見に行こう。行ったことないし」

ささづかまとめ
「初日の出って、たかやまさん起きられるんですか?」

朝は激弱なたかやまさんである。

たかやまさん
「あっ、うん。……がんばる。いや、寝ない! 寝ないで行こう!」

ささづかまとめ
「寝ないで初日の出ですかー」

とんでもない案をもらってしまった気がするけれど、なんとかできるだろうか。たかやまさんの希望、ぜひ叶えてあげたい。

かいじ120号は立川に定刻の18時40分に着いた。山梨から東京まで、子どものころに乗ったときよりも格段に時間が短く、近く感じる。それは、そのぶんだけわたしが少し大人になって、そのぶんだけわたしの世界が広がっている、ということなのかもしれなかった。