メルボルン・シティの逆襲、たこ焼きたくさんほおばって読みたい日本語。(4/5)
人物紹介です
たかやまさん
金髪スレンダーの麗しい女の子。スポーツは球技全般好き。野球ではスワローズを長年応援している。食欲旺盛で、スポーツ観戦中はずっとなにかしら食べたり飲んだりしている。
ささづかまとめちゃん
幼い頃にヴァンフォーレ甲府に所属していたハーフナー・マイク選手を好きになり、それからヴァンフォーレのファンになった。わたしです。
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本文です
ようやく座ります
ハーフタイムで席を離れる人たちの列が途切れるのを待って、着席する。前から10列目。近いようで遠く狭く見えるピッチの上では、20人ほどのスタッフが芝生のメンテナンス中。プロサッカーの世界では過密日程やオフの短さが問題になっているけれど、国立競技場のピッチの芝生にとってもそれは同様らしい。
わたしたちの右隣には中年の夫婦が座っている。ヴァンフォーレのユニフォームを着ているし、どことなくくつろいだ雰囲気で観戦に慣れている感じ。山梨から応援に来たのかもしれない。わたしたちの後ろにはオレンジ色のユニフォームの若い男性が5人並んでいる。しかしユニフォームの胸スポンサーは2人が亀田製菓(アルビレックス新潟)で3人がdocomo(大宮アルディージャ)。同じグループかと思ったら別のチームのファンだった。
たかやまさん
「今食べる?」
たかやまさんがたこ焼きの箱の入った白いビニール袋を掲げて言った。2人前にしては袋の中身の体積が大きい気がする。たかやまさんは2箱食べるつもりなのだろう。
ささづかまとめ
「後半始まってからにします」
たかやまさん
「そっか。私もそうする」
わたしたちの左側の席が4つ空いていたが、ハーフタイムの終わりに4人家族が戻ってきた。彼らを通すために立ち上がる。わたしたちが座ったままでは通れない。前の座席との間隔が狭い、というのがこのスタジアムの欠点だと言われる。確かに狭い。でも、言われるほど気にはならない。ほかのスタジアムの座席はもっと広々としているのだろうか。
たこたこたこたこソースやぞ
選手たちがピッチ上に戻ってきて、試合が再開する。たかやまさんがビニール袋から箱に入ったたこ焼きを取り出す。ひとつを自分の膝の上に置き、もうひとつをわたしに渡してくれる。そして、やはりビニール袋にもう一箱残っている。たこ焼きの入っている黒い箱には「道頓堀くくる」と書かれている。
たかやまさん
「あのお店、くくるだったんだ」
ささづかまとめ
「なんの看板も出てなかったですよね」
たかやまさん
「メニューしか出てなかった。オリンピックにおけるコカコーラとペプシ、みたいな問題があるのかもしれない」
ささづかまとめ
「たこ焼きにもスポンサー問題が…」
箱を開けると大ぶりのたこ焼きが8つ。その上にソースとマヨネーズとあおのりとかつおぶしがすでにまぶされている。美味しそうだ。割り箸で口に運ぶと、やわらかな生地と大きなたこが舌の上でソースとマヨネーズと調和し、そこにあおのりとかつおぶしの風味がアクセントとなって…。
ささづかまとめ
「ほふ。なかなか…、おいしいですね」
たかやまさん
「無駄な具が入ってないのがいい」
ささづかまとめ
「ソースの味がきつくないのも好みです」
たかやまさん
「うん、買ってよかった」
わたしたちはなぜか小声でくくるのたこ焼きを褒めた。そういえばお店でたこ焼きを買って食べるなんて数年ぶりのような気もする。温かいたこ焼きをビールで流し込み、とやっていると、秋と冬の狭間の空気に冷やされた身体が温まってきた。
お行儀悪いんですけど、美少女なので許される気もしてます
ぼんやりとした視界で試合を眺めていると、いつの間にかビデオアシスタントレフェリー(VAR)のチェックが入っている。時計を見る。後半10分だ。内容はどうやらヴァンフォーレの選手がハンドの反則を犯したかどうかについて。主審自身が映像を確認するオンフィールドレビュー(OFR)も行われる。
たかやまさん
「野球とちがってビジョンでリプレイしないんだ」
ささづかまとめ
「なんかそのへんは厳しいんですよ、サッカー」
たかやまさん
「カウボーイビバップのオープニング流れないの?」
ささづかまとめ
「えっと、たしかそれはベルーナドームですね」
たかやまさん
「エアドッグがうぃーんって出てこないの?」
ささづかまとめ
「エスコンフィールドですね。ってもう、野球の話はいいですから」
映像を見た主審はPKを指示する。メルボルン・シティの選手がボールをセットする。
やがて笛が吹かれる。キッカーはタイミングを計られないように小刻みにステップして、シュートはキーパーの動きと逆方向、ゴールの向かって右隅に決まった。これで2-2。あれ?
ささづかまとめ
「えっ、2-2? 前半って2-0じゃなかったですか?」
たかやまさん
「ふごいはやいひかんに、ふぇんふぇいふぁれてたみたい」
2箱目のたこ焼きに取りかかっているたかやまさんが、頬張りすぎてサ行が言えなくなった口を手で隠しながら言った。調べてみるとどうやらわたしたちが千駄ケ谷の駅に着いたころにメルボルン・シティが先制していて、スタジアムの目の前で聞いた歓声は、失点後すぐさま同点に追いついてあがったものだったようだ。
子ども大好きたかやまさん
再び同点となり、なおも攻撃を受けるヴァンフォーレの背中をサポーターたちがチャントで鼓舞する。
たかやまさん
「あれなんて歌ってるの? 『大丈夫』?」
ささづかまとめ
「あれは『ダレ甲府』ですね」
たかやまさん
「私にとっては確かに『誰甲府?』ではある。リョータローはわかるようになったけど」
ささづかまとめ
「わたしも知らなくて前に調べたんですけど『ダレ』はスペイン語で『いけ!』とか『さあ!』みたいな、そういう焚きつける感じのワードらしいです」
たかやまさん
「チーム名はフランス語なのに応援はスペイン語……」
ささづかまとめ
「まあそこはいいじゃないですか」
たかやまさん
「つまり『ダレ甲府』は『Go!!Go!!Swallows』と同じなんだ」
ささづかまとめ
「ぜんぶ野球経由ですね」
わたしがそう返すと、たかやまさんはパッと表情をほころばせて、私の耳元に顔を寄せてささやいた。
たかやまさん
「もしくは『イッちゃえ! イッちゃえ!』かな?」
人の耳元でなにささやいてるんだと思ったが、ポーカーフェイスを貫くことには成功した。
ささづかまとめ
「おっとそんな唐突に。わたしの隣の席、お子さんが座ってるんですよ?(すごく小さい声)」
たかやまさん
「年齢的には違和感ない(ものすごく小さい声)」
ささづかまとめ
「サッカー。今日サッカー観に来てるんです」
たかやまさん
「ははは、そうだった。ふふ。はあたのしい」
たかやまさんは充実、という顔でピッチを眺める。わたしもじっと試合を見つめる。ヴァンフォーレGKが中盤へロングボールを送る。メルボルン・シティの選手が拾う。すぐに右サイド前方の選手にパス。ペナルティエリア手前からクロスが上がる。逆サイドからペナルティエリアに走り込んできたFWがクロスボールを直接ゴールに叩きこんだ。あっ。静まり返る国立競技場。ヴァンフォーレのゴール裏のスタンドの一角に陣取るメルボルン・シティのサポーターたちが、オーストラリアの国旗を振って喜びを表現する。
後半19分。2-3。あっという間に逆転された。呆然とするわたし。たかやまさんはビールを啜って「ふんー」と大きく鼻から息を吐いた。
たかやまさん
「メルボルン・シティはこれ以上点が取れなくなった」
たかやまさんはぽつりと、そう言った。
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