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77.5cmって中途半端に高いんです。
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結局たかやまさんはいちがやさんの身体を洗っただけだった。いちがやさんは終始くすぐったがっていたけれど、たかやまさんはまじめだった。たかやまさんがどうしてそこまでこだわるのかは、わたしにはわからない。
いちがやさん
「はー、よくわからなかったけど、洗われたなあ」
たかやまさん
「気持ちよかった?」
いちがやさん
「気持ちいいとかは特にないけど」
たかやまさん
「そっか。じゃあ洗い直し…」
いちがやさん
「気持ちよかったよ、ありがとう」
たかやまさん
「本当? じゃあまた洗ってあげる」
いちがやさん
「逃れられないんだ、これ」
たかやまさん
「さーさちゃん、あわあわたくさん作ってくれてありがとう」
たかやまさんがわたしに言った。どういたしまして。たかやまさんは満足した表情だ。いちがやさんはあきらめたような表情だが、どこか温かい目でたかやまさんを見ている。
大浴場の脱衣所で最低限の身支度をして、ラドンの泉の更衣室に戻ってくる。ここにも洗面台がある。人が少なく、清潔だ。せっかく2000円支払っているので、ここで支度をしよう。
いちがやさんの髪をたかやまさんといっしょに乾かす。たかやまさんの髪が長かった時代にいちがやさんといっしょに乾かしていたのがだいぶ昔の記憶のような感じがする。
着替えて荷物を持って更衣室を出る。たかやまさんがウォーターサーバーの水を3杯飲むのを待って、ケーブルカーのりばへ。車両は昭和館側に停車していて、すぐに乗れた。上っていくケーブルカーの窓から見る伊勢平野は、少しずつ山の陰に入っていく最中だった。
![](https://assets.st-note.com/img/1711041312362-4JCw8BFUPi.jpg?width=1200)
ケーブルカーの中でいちがやさんに今後の行程を話す。ここからは湯の山温泉の駅から電車に乗って四日市に戻り、そこから近鉄特急を乗り継いで難波に行き、簡単に夕食をとって地下鉄に乗りホテルに向かう。もうイベントはないことを話しておく。
いちがやさん
「時間的にもそうだよね」
腕時計を見る。16時30分を過ぎたところだ。
ささづかまとめ
「それで、湯の山温泉の駅までのことなんですけど。タクシー、呼びます?」
いちがやさん
「遠いの?」
ささづかまとめ
「3kmないくらいですね」
いちがやさん
「また微妙な距離だね。歩きたいんだ?」
たかやまさん
「私は歩ける。歩きたい」
たかやまさんは両手を顔の横に上げてアピールした。たかやまさんは歩くのも走るのも自転車に乗るのも大好きなのである。
ささづかまとめ
「わたしはどちらでもいいです」
いちがやさん
「別に歩いてもいいよ? 天気もいいし、この気温なら汗もかかないと思うし」
思ったよりいちがやさんは構わないようだった。ここからはただ大阪に向かうだけというのが明らかになって、安心したのかもしれない。
ささづかまとめ
「じゃあ歩いていきますか」
たかやまさん
「うん!」
たかやまさんがこの上なくうれしそうに返事をした。
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さっきまで歩いていた国道477号の続きを下っていく。ロープウェイの駅から希望荘までの道のりは川沿いの高所を走っていたが、今度は川から離れて菰野富士(こものふじ)という低山の麓を行く。
たかやまさんが先頭で歩く。ふんふんと、鼻息とも声ともつかないような音を出しながら軽やかに歩いている。歩道にはガードレールがあって、対自動車という点においては安全なのだが、その代わり道路脇の木々から落ちた枝や枯葉が清掃されずに残り、荒れた状態になっている。しかし踏み跡はあるのでそこを歩いて進む。
たかやまさん
「どうする?」
歩いている途中でたかやまさんが後ろを振り向いて言った。たかやまさんの前の方を見るといよいよ歩くのが躊躇われるような状況になってきていた。無理に進んでいちがやさんの丈の長いワンピースを汚したりするのは避けたい。ガードレールには切れ目がなく、かと言って戻れば数百メートル。どうしたものだろうか。
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たかやまさん
「ガードレールなんて跳び越えればいい」
そう言ってたかやまさんはガードレールの支柱に右足をかけ飛び越えた。支柱はそれなりに高さがあるし、正直足をのせられる高さの限界という感じもするのだが、たかやまさんは簡単に越えてしまう。身軽である。着地してこっちを振り向くと、両手を低く広げてポーズをとった。すしざんまい?
たかやまさん
「次はいちがやさん」
わたしはいちがやさんからリュックサックを預かり、胸の前で抱きかかえる。
いちがやさん
「あーあ、私こういうの苦手なんだよね」
そう言いつつもいちがやさんはワンピースの裾をたくし上げて、裾がガードレールのビーム(鉄板部分)を擦らないようにした。
たかやまさん
「左足で地面を蹴って、続けて右足で柱を蹴る。2段ジャンプみたいな感じ。着地は両足同時で。何回か頭の中でシミュレーションすればできる」
いちがやさん
「そういうの運動できる人にしか通じないって」
そう言いながらいちがやさんは右足を支柱にかけ、左足で何度かリズムを取るようにして感覚をつかむ。
いちがやさん
「ガードレールの板に足引っ掛かったらどういうレベルのケガするんだろうね?」
たかやまさん
「悪い想像はしない。高く跳んできれいに着地する。ただそれだけ考えて」
ささづかまとめ
「たかやまコーチだ」
いちがやさん
「まあいいや。よーし、いくよ。車来てない?」
3人とも静かにする。自動車の音はしない。風も穏やかだ。
いちがやさん
「よし。いくぞ、いっせーのっ、っしゃおらぁぁぁ!」
似合わないかけ声と共にいちがやさんは跳んだ。無駄に身体が反ったが、大丈夫。いちがやさんは厚底なスニーカーで軽やかに着地する。
いちがやさん
「あはー、膝がジンジンするぅ」
たかやまさん
「あとはさーさちゃん。荷物貸して」
いちがやさんとたかやまさんに荷物を預け、わたしはガードレールから少し距離をとった。
いちがやさん
「助走? どうやって越えるの?」
ささづかまとめ
「こう、ひょいって」
スキップを大きくしたようなモーションをやって見せる。
いちがやさん
「えっ大丈夫?」
たかやまさん
「走り高跳びだね。背面跳びでもベリーロールでもいい」
ささづかまとめ
「それはアスファルトに突っ込めってことですか?」
そう言って笑いつつ少し緊張している。ジーンズを履いて走り高跳びをしたことがない。足元も不安定なので滑らないようにしなくては。車道側にクッションがあったらなにも怖くないのに。でも跳べる高さだとは思う。
ささづかまとめ
「いっきまーす」
来た道のほうから助走をとり、左足は畳んで膝を胸につけるようなイメージで、右腕はガッツポーズをするように高く振りあげる。その瞬間に右足で地面を蹴る。
ささづかまとめ
「しょっと」
右足のスニーカーの外側が少しガードレールのビームに触れたような気がしたけれど、ガードレールの向こう側に無事に着地できた。
いちがやさん
「おー、すご」
いちがやさんが単純に感心した様子でぱちぱちと拍手してくれる。
たかやまさん
「きみならやってくれると思ってたよ」
たかやまさんが腕を組みながら目を細めて言った。だれなの?
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