ゆらぎのある自分となかよくつき合っていく
おととい、数日ぶりにお散歩をしたら心が晴れた。雨が上がったあとの昨日の空は本当に澄んだきれいな青空で、鳥が鳴いてて風がきもちよくて、あぁしあわせだな〜とついこぼれた。
先週から、やること考えることがたくさんあって、ふわふわと浮き足立ったままいろいろ活動していて、さらにイベントの出店準備などであわあわしてたところに、さらにさらに愛猫の体調が悪くなって心配で病院に駆け込む事案も発生して、すごく頭と心がザワザワしていた。時間も気力もなかったから、一日のごはんはコンビニのおにぎり。お風呂もシャワーで済ませた。
そしたらその後1-2日どよーんとしてテキパキ動けなくなった。落ち込むし、不安だし、がんばれない。ごはんつくる気にもなれなくて昼ごはんはスーパーのサンドイッチで、夜ごはんはストックしていたどん兵衛を食べた。
前に友達と食べたどん兵衛はすっごく美味しかったのに、1人で食べるどん兵衛はぜんぜんおいしくなかった。
心身(とくに心と頭)が疲弊していたみたいだ。
そういう時はほんとうにポンコツになってしまう。さらにポンコツを助長することを、みずからしてしまって罪悪感が芽生えそうになる手前でなんとか踏みとどまろうとする。
アーユルヴェーダを勉強して実践していても、こうなるなんて〜って思うけど仕方がない。私は結構外の影響を受けやすいし、心配性で、不安になりやすい。南インドでドクターにも言われた。「あなたの不調は心から」って。
心や思考の癖はなかなか治らない。体調面の不調はそんなにないけど、やっぱり心の揺らぎが大きい。だからこそ、うまく付き合っていきたくて、コツコツやっている。
ゆらぎは消せないし、自分の中のネガティブとか落ち込みやすさも無くせない。いつも元気でやる気に満ち満ちていたいけど、そうはなれない。しょうがない。
でも浮き沈みはあるけど、昔よりリカバリーは早くなったし、昔より深くは沈まないようになった。まあそういう時があってもいいよね〜。あ、また私の中のネガティブちゃんが出てきちゃってるわ〜。これは幻想の心配を大きく感じちゃっているだけだわ〜。とポンコツな自分を、もう一人の客観的な自分が冷静にみている。
ゆらぎの中で、自分だけの波のリズムの中を、たゆたっている私たち。
みんな違う波がある。自分の波を見て、自分の波に心地よくのっていけたらいいと思う。たまに荒波に揉まれてもいいと思う。そういう時もある。とりあえず逆らわないで揉まれておけば、傷は最小限で済むし、心地よく波にのれている状態を知ってたら、いつでもそこに戻れる。
アーユルヴェーダは心地よく波に乗っている状態の自分を客観的に教えてくれる。一回それがわかって、心地よさを体験すると、しんどい時でもその感覚を思い出せて、今自分に必要なこと、いらないことが何かちょっとわかるようになる。
それと同時に私は自分の「心地いい」や「しあわせ」や「たのしい」「うれしい」「なんか嫌だな」をこまめに確認しながら生きているんだと思う。無視できないから確認せざるを得ないという感じだけど。すると結構1年前とはガラリと変わってたりする。今は畑で野菜の成長を見守る時間が一番おだやか。あと自分ばっかりじゃなくて誰かを想える時間が好きな時間。
今の波はどんな感じですか?と自分に問う。あ、もうこの乗り方じゃうまく波に乗れないんだなと気づく。どうやったらうまく乗れるかな?といろいろやってみる。そんなことの繰り返し。
一回で生まれ変われる魔法なんて、たぶんない。地道なことの積み重ねこそが王道。ゆらぎのある自分との付き合い方。
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