冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』(管賀江留郎、早川書房、2021年5月21日)
*私に読んでほしい本シリーズ第一弾。ツイッターで募集しています。必ず読むとは限りませんが、お気軽に推薦図書あったら、お声がけください。もちろん、「私の小説を読んでください」でもかまいません。読んだら感想を書きます。
管賀江留郎さん(@kangaeru2001)の『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)を読んだ。とりあえず、すごくおもしろかった。全編、ほとばしる熱情と激情にあふれていて、文章を読んでいてもそれが伝わってくる。全力で疾走しているようだ。著者の熱情に惹かれるままに迷宮を走り終えると、いったいなにを読んだかわからないという感じが残り、また読み直したくなる。
拷問王と呼ばれた刑事、世界初の天才プロファイラー、法医学の権威、日本史を変えた弁護士など登場人物が実在とは思えないほどキャラが立っている。そして、これまでの資料の図式的理解を覆す事実が続々と明かされる。情報量とカバー範囲の多さで目眩がするくらいだ。
この本は、おおまかに言って、浜松事件と二俣事件(冤罪事件)などの事件、その事件で重要な役割を果たした人物、警察機構や政治社会的な背景と人物、著者の提唱する人間の本性についての統一理論の4つのことが相互に関係し、入り混じって出来上がった迷宮となっている。著者自身があとがきで迷宮と書いているように、莫大な情報と複雑に絡んだ構造で目眩に襲われる。ちなみに著者自身によると、アダム・スミスの道徳感情論の解説書というのが核心をついているそうだ。
私はいずれの専門家でも特段知識があるわけでもないだが、前3項目についてはきわめて資料的価値が高そうと感じた。なので、これらについて関心がある方にはとても参考になると思う。
また、取り上げられている事件はいずれも興味深いもので、関係する人物が実在したとは思えないほど、キャラが立っている。なのでそこだけに注目して読んでもおもしろい。
・取り上げられている事件 浜松事件、二俣事件、幸浦事件、小島事件。浜松事件以外はのちに冤罪であったことが公判で明らかになった。
・事件で重要な役割を果たした人物
紅林麻雄 敏腕刑事だが、のちに二俣事件、幸浦事件、小島事件が冤罪であったことがわかり、拷問で自白させたことから「拷問王」と呼ばれるようになる。ただし、彼自身は部下思いの緻密な思考をする人間で、自白だけでなく事件の「真相」にさまざまなトリックを仕込んでいた。
老刑事南部清松 浜松事件、二俣事件で紅林刑事とともに活動し、その記録を残した。
世界初のプロファイラー吉川澄一技師。諸外国にさきがけてデータベースにもとづくプロファイリングを実践していた天才。吉川線は、この人物が発見したことから名付けられた。技師とは技術系のキャリア。
法医学の権威小宮喬介 小説や映画のモデルにもなり、マスコミにもたびたび登場した社交界の花形でもあった。
法医学の権威古畑種基 血液型の権威。ベイズ確率を使って犯罪を解明する。
刑事山崎兵八 捜査段階で拷問があったことを内部告発し、偽証罪で逮捕され(不起訴)、妄想性痴呆症と診断される。その後苦難に満ちた日々を送ることになった。『現場刑事の告発 二俣事件の真相』を書いた。
弁護士、政治家清瀬一郎 二俣事件、幸浦事件の弁護士。お仕着せのイデオロギーではとらえきれない人物。現在の日本国憲法の制定に影響を与え、極東裁判弁護団副団長も務めた。著者は、昭和史とは清瀬一郎の立ち位置の変遷に振り回された歴史とまで言っている。
弁護士海野晋吉 小島事件の弁護士。清瀬のライバルで反体制派。著者によれば、清瀬と海野の関係が解明されない限り、戦中戦後の日本の歴史は解明されない。
日本の警察機構の変遷やその原因となった背景、関係した人物や事件についてもていねいに調べられており、大変貴重な資料だと思う。これまで紹介されてこなかった資料を元に、既存の資料がいかに図式的理解で真相とは異なるかが何度も指摘されている。
理論展開と論旨の進め方が独自で、これが情報量とカバー範囲の膨大さと相まっていたって迷宮を迷宮たらしめている。解説に書かれていたようにフーコーを彷彿させるのだが、語り口が情感にあふれているため見世物小屋的な趣もある。この語り口が苦手な人や、迷宮構造の書物がダメな人にはおすすめできないが、とにかく挑戦する価値はあると言える。
余談であるが、著者はAI についても一家言ありそうな気がした。一度うかがってみたい。
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