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地経学研究所の「偽情報と民主主義:連動する危機と罠」を読んでみた

2024年11月20日に公開された地経学研究所の「偽情報と民主主義:連動する危機と罠」https://instituteofgeoeconomics.org/research/20241120-summary/ )を読んでみた。
さまざまな資料やデータを元に、ハンガリー、米国、英国の事例研究を行い、その結果に共通するものを抽出し、日本の課題を整理している。
民主主義の後退など俯瞰した視点で世界的な傾向を整理したうえで各国固有の問題の掘り下げを行っており、独自の解釈や用語もあって参考になる。ただし、参考にはなるものの、後述するようにこの分析や解釈が妥当と言うにはいくつか問題がある。


概要と突っ込みどころ

前述のようにこのレポートではハンガリー、米国、英国の事例研究を行い、最後にまとめと日本の課題を整理している。なお、どのような基準でこの3カ国を選び、どのような根拠でこの3カ国の事例から日本に当てはめられる共通の要因を抽出できるのかは書かれていない。この2つの説明がないことはこのレポートの有効性を著しく制限する、と思う。
このレポートは、「地経学研究所欧米グループ若手企画報告書」と銘打っているので、「偽・誤情報やデジタル影響工作の専門家ではない若手研究者が果敢に挑戦したレポート」として読むべきなのかもしれない。これは完成したレポートではなく、これから完成するものなのだと思えば、致命的な問題があることも許容できるし、理解できる。
順を追って内容を紹介したい。

・偽・誤情報の定義

一般的な偽・誤情報についての言葉の定義を行っている。掘り下げるときりがないので、これくらいでよいと思う。
また、下記の説明があるのはよいと思う。これは日本の資料では書いていないことが多い。

偽情報が拡散される目的は、必ずしも人々に偽情報そのものを信じさせることではなく、混乱させたり疑念を植え付けたりすることであるとされる。あまりに多くの嘘を聞かされ、もはや何を信じればいいのか分からなくなってしまうことを、米国シンクタンクのランド研究所は「虚偽の消防ホース」(Firehose of Falsehood)と表現する11。すなわち、偽情報は必ずしも戦略的である必要も、一貫性がある必要もない。求められるのは、容易かつ大量に拡散できる偽情報だけであり、その内容自体は単純で粗雑なもので構わないのである12。つまり、偽情報は社会を混乱させ、人々に情報への不信感を受け付けることが目的なのである。

ただ、個人的な印象では、これは「虚偽の消防ホース」よりはパーセプション・ハッキングと呼ばれる方が一般的だと思う。この報告書にはいくつか一般的な術語とは異なる表現が用いられており、執筆者が必ずしも偽・誤情報やデジタル影響工作を専門にしているわけではないことをうかがわせる。

また、大きな問題として、「偽・誤情報やデジタル影響工作は攻撃対象にすでに存在する問題を狙うことが多い」という説明がない。後述するように、そのことを知らなかった可能性が高く、これもまた執筆者がこの領域に明るくないことを感じさせる。

・背景 民主主義の後退と偽情報

背景として民主主義の後退や偽情報の広がりなどがまとめられている。主としてV-Demのデータをもとに整理している。独自のグラフも作ったりして参考になる

偽情報が民主主義の脅威になるということを、スティーブン・レヴィツキーとルーカン・ウェイの論文、「競争的権威主義の台頭(The Rise of CompetitiveAuthoritarianism)」を紹介しながら解説している。それはいいのだけど、現在の民主主義に問題がない、という前提で偽情報だけが問題のように見えるのは気になる
ウクライナ、ガザ、グローバルサウスとの温度差、格差問題など現在の民主主義への課題を多い。前述のように偽・誤情報やデジタル影響工作はすでに存在している問題を狙うのだから、前提として現在の民主主義国が標榜している民主主義が理念通りには行われていないこと、それについてグローバルサウスの国々や民主主義国が不可視化した人々から不審と疑念を持って見られていることは理解しておく必要がある

下記の3つをリスク要因としてあげている。リスク要因には違いないのだけど、これらは症状であって原因ではない。原因となる要因に対処しなければ症状がなくなることはない。症状の形が変わるだけである。

・偽情報に対する規制の有無、
・政府やメディアへの不信
・国内の政治的分断(分極化)

・ハンガリー

ハンガリーについてはあまりくわしくなかったので、時系列での変化の解説は大変参考になった
ハンガリーの例は、権威主義国化した国における事例なので、偽情報というより権威主義国化(メディアの抑圧、買収、プロパガンダ利用など含む)したから起きたことだと思う。
なにが違うかというと、ハンガリーで起きたことは国内向けの偽・誤情報やデジタル影響工作であり、民主主義的手続きを経ている政治家が政治を行っている以上、彼らは国民の付託を受けた代表者なのである。そのため当該国以外の人間がその人間の基準に照らして一概に「偽情報である」と断じることは好ましくない。CIBなど偽・誤情報以外については言っても問題ないかもしれない(実際、SNSプラットフォームはさまざまな国で当該国内勢力が行うCIBをテイクダウンしている)。ようするにこれが国内向けの作戦であることを前提に分析を行う必要があるのだけど、その視点はないように思う

・米国

いろいろ気になることが多いので、いくつか致命的なものだけをあげておきたいと思う。
書かれていることに誤りはないし、整理されている。なにが問題かというと、「これに言及しないとまずいでしょ」ということが抜けていることだ。
たとえば米国では2023年から偽・誤情報やデジタル影響工作に対するバッシングが広がり、政府および関係機関の研究や対策は大きく後退した。このレポートに書いてあるSNSプラットフォーム各社が対策組織を縮小したことはその流れで理解すべきことである。さんざん書いたのでURLだけ貼っておく。

アメリカの偽情報対策が直面している問題https://ggr.hias.hit-u.ac.jp/2023/09/01/problems-facing-us-disinformation-measures/
アメリカで起きている偽情報対策へのバックラッシュhttps://www.newsweekjapan.jp/ichida/2023/07/post-48.php
アメリカの偽情報対策後退の現状メモ まだ結論出てないけど後退は確実、 https://note.com/ichi_twnovel/n/ncbd8d3daf3e5

これが抜けているだけでもかなり致命的だと思う。

・英国

英国については参考になる情報もあったものの、理由は不明だが、いくつか重要なことが抜けていた。たとえば、先日発生したサウスポートから英国各地に飛び火した暴動。2011年にも各地に飛び火する暴動が起きている。
サウスポートの暴動を読み解くことは英国内にネットでゆるく繋がった過激なグループの存在を分析することにつながり、より深く有用な結論になったと思う。
「エンゲージメントの罠」という術語が出て来ていて、おそらく造語だと思うだけど、ウォードルの拡声のトランペットとか、他にいくつか呼び方あるので既存のものを使った方がいいと思う。また、これを出したらオペレーション・オーバーロードなどの話しもとりあげた方がいいと思う。

・まとめ&日本

この前の3つの事例研究に致命的な課題があるので、まとめについては割愛してもいいですよね。


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