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【日記】誇らしい息子の成長

『もう、思っていたほど子供ではなかった』

私は、子供があまり得意ではない。
こんなことをいうと子供達が可哀想だが、子供達を愛していないわけではない。

私自身は妹で末っ子。親族には二つ下の子がいるが、近くには住んでおらず、関わりもほとんど無かった。家で一人で遊ぶのが好きで、近所の子とさえ遊ぶことはなかった。
それゆえ、自分より小さい子、つまり子供の扱い方を知らなかったのだ。
やること全てが危なっかしくて、話も通じない相手だから怖い、どう接して良いかわからないから嫌い。これが私だった。

さすがに今は二人の子を育て中なので、そこまでの苦手意識はないが、たぶん、周りからしたら対子供なのに結構ドライなのね…と思われているだろう。

「自分が子供の時のことを思い出せば良いんじゃない?」
…それも一理あるだろう。
しかし残念なことに、私は一風変わった子供だった。
「早く大人になりたい、子供扱いされたくない」と思っていた。
だから、もう子供じゃないと認めてほしいという視点で『(こんなことが出来たから)褒めて欲しい』、『こっちを見て(評価して)ほしい』という欲求は分かるのだが、『甘えたい』という感覚は正直よく分からない。

しかし、うちの子達は結構甘ったれだった。
(一般的なレベルなのかもしれないが…)
抱っこやおんぶをせがんだり、隣にいないと寝なかったり、人と会うとすぐに背後に隠れて離れなかったりということが、結構な年齢まで続いている。
信頼の証と思えば嬉しいが、少なくとも私が幼い時の自身の記憶にはない感覚だったので困惑する時もあった。

しかし彼らも、こんな風に甘えながらも、自分の意思をだいぶ主張するようになった。
まだまだ語彙力が足りず、伝えきれていない感はあるが、言いたいことはたいてい分かってあげられた。(母親あるあるだとも思うが。)

先日、こんなことがあった。
体調不良で致し方なく学校を休んだ我が子。
カナリ辛そうなのに、どうしてそんなに学校に行きたかったのか聞いてみた。そうしたら、
「今日、日直なの。だから絶対行かなくちゃ。」と。

これには、我が子ながら立派だと称賛した。
そんなにも責任感が強いとは知らなかった。
どうせ好きな授業があるのだろうなどと思っていた私。心の中で誠心誠意謝った。まだまだ子供だと思っていたが、しっかりしてやがる。不意打ちすぎて危うくうるっとするところだった笑。

しかしながら、じゃあ行ってこい!とはならない事案。
体調が悪いときは周りにうつしてしまったり、迷惑をかけてしまう可能性があるからやめておこう。日直はもう一人の子がやってくれたり、他の子が代わってくれたりするのだろうから、次に会った時にきちんとお礼を言い、その子が困っていた時は進んで助けてあげたらどうか。と話をしたら納得してくれたようだった。

いやぁ、朝からこんなに誇らしい気持ちになったのは初めてだ。
彼は上の子。私が初めて育てた子。
私の子供に対する苦手意識の為に、甘えたい時に全く甘えられなかっただろう彼。自分でも良い母親だと思ったことは一度もないし、申し訳なさでいっぱいだが、こんな風に育ってくれて本当に嬉しい。

私が何をしたわけではなく、彼が色んなことを経験して獲得したことなのは、わかっているのだが、喜ばずにはいられなかった。

子供は親の気付かないところでしっかり成長していた。
教えるのが難しい事柄は、未だにどうやって伝えていくべきか分からないが、親自身も精一杯、誠実に生きることでしか示せないのではないかと思う。
子供は様々なものを、彼らの眼で、しっかりと見ている。
親だってどうしようもなく苦手なものはあるだろう。それに対してどう挑むか。時には、身を守る為に避けることが必要かもしれない。それも生きる術として大事なこと。
ただの逃げではなく、理由のある回避ならば、子供でもいづれはキチンと理解できるはず。
全力で向き合う姿勢でなら、語れることはあると思いたい。


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