本音を言うしかないなら
師走だー。
落ち着かないね〜。
余裕を持って生きたい。
人は毎日何かを考えてるけど、毎日考えてる何かは1人1人けっこう違ってて、あ〜こうだろうなと思う人はけっこう「そうだろうな」と思うことを考えていて、思考によって人間は作られていくのですね。
先日会社で、自分の普段思うところをめちゃくちゃ正直に話す機会があった。
仕事を人生のモチベーションにすることができると当たり前に思っている人が、ちゃんといる。
私はある程度仕事を楽しむことができるときはあるが、どんなに自分のやりたいことを仕事にしたとしてもそれが仕事である時点で生きがいではなくなる。
それは私の生きるモチベーションが仕事の外にあるからです。
自己実現(と言うほど大層でもないけど)自分が自分でありたいと思うとき、外からの要求はそれを阻害することがあって、でも仕事が仕事である限り、外側からの要求の声に応え続けることになる(そうでなければ金銭的価値をなくしてしまうから)
そうすると、内に向いていた矢印を外に向けなければいけなくなり、じゃあ内に向いて作られた「自分」はどこで生きればいいのですか、お仕事以外の時間で。となってしまう。
デフォルトで矢印が大いに外を向いている人もいる。
そういう人たちにとって外側に向かい続けることは至極普通のことで、なんの違和感もわだかまりもなく、むしろそれこそが自己実現にすら昇華できる。ように見えている。
だから仕事でも、成果を発揮すればするほど、人生が楽しいと思えるのかもしれない。
生きてるだけで勝手にわだかまっていく。
これはもう人間としての性質の問題なので、自分と逆の人になろうとしたところでそれはその人と同じような生きやすさにはつながらず、逆に自分で自分の首を絞めていくだけだということはこれまでの浅い人生経験の中で学んできました。
とはいえ外向きの矢印の人が羨ましいかというとそんなこともなく、外に向かい続けることで自己を喪失しているんじゃないかと、その人の「本当」はどこにあるんだろうと、どんどん透明になっていって、「その人」は「そうあろうとしているその人」ではなく「求められたその人」なんじゃないかと疑ってしまうのよね。
そして私は人間の「その人たる由縁」みたいなものに人間的魅力を感じるから外側に向かい続けている人に対して「あなたはどこにいるの?」と思ってしまう時がある。
そして私は普段こんなことを考えているが、こんなことを日常生活で話す機会などとことんなく、あったとしても説明能力皆無が故、話すことなど諦めてしまう時の方が多い。
ただ私は会話をするときに潤滑油的な対外的コミュニケーションを取れるような人間でもなく、表面的な言葉はもはや「嘘」と思ってしまうので(自分から発する言葉でも、他人から向けられる言葉でも)、自分について聞かれた時に誤魔化すことも隠すこともできず、本音を言おうとするが伝えられず、、ただ何の意見もない奴か、自分のことを話したくない奴のどちらかとして捉えられる(こんなにも自己開示欲求にまみれてるのに…)
自己開示欲にまみれながら自己開示を避け続けている。
それは、そもそもこういう話はあまり人に伝わらないと思っているし、多分幼少期から自分の思考が「ちょっと何かおかしい」と思ったとき、それを無意識に隠す習性が身についてしまった。
例えば思春期に東日本から西日本に移り住んで自分の話し方の違和感に気づくみたいな、もしそれをポジティブに「違う」と捉えられたとしても、黒い羊は黒が良いとか悪いとかそんなことを気にしてるわけじゃなく、自分だけが黒で他の羊たちはみんな白いということが問題なのですね。
隠し続けていられるわけもなく、かと言ってそう簡単に出すこともできず、そのうち人と関わるたびにわだかまりが大きくなっていってもう何もかも捨てて1人山にこもれば楽になるのでは、と思いつつそんな決断ができるほど強くは生きられないので、この不安定な感情のまま、波が立っては静まるのを待つことを繰返している。
現実に戻ってくる。
最近、というかデフォルトあまり現実の世界にいないので現実生活がとても疎かなのだが、ここのところ本当に戻ってこなさすぎて現実としての自分が分からなくなってきている。
ちゃんと現実の自分も受け入れてあげたい。
ふとした時に急に現実に引き戻されて「あれ!受け入れ難い受け入れ難い」と思ってしまってまた現実から逃避するという悪循環に陥ってしまう。
来年の目標は「現実世界で生きること」にします。
そして現実世界というのは思ってるよりも単純なものなんだと思い始めている。
やればやったことになるし、話せば伝わるし、寝なければ眠い。
「当たり前やないか」と思った人は当たり前に現実生活に生きられているのですな。
現実の自分の見つめ方を割とすっかり忘れてきているが、取り戻すぞー。
どんなに逃避しても肉体は常に現実にあるということを忘れてはいけない。
みなさまよいお年を。