哲学の起源ってほんとにソクラテス?
納富信留『哲学の誕生 ソクラテスとは何者か』(ちくま学芸文庫)を読破。
西洋哲学の起源とされるソクラテスの実像にせまらんとする作品です。
ソクラテスは著作を遺しませんでした。彼の活動は口頭でギリシアの人々と対話するだけ。文章を書くことをしなかったんですね。
ではなぜそのソクラテスが哲学の起源として君臨しているのか?
それは弟子のプラトンがソクラテスを主人公とする対話篇で作品を書いたからです。
ホワイトヘッドがいうように西洋哲学史とはプラトン哲学への長い注釈のようなもの。したがって自然とソクラテスも哲学の創始者的な地位を占めるようになったというわけです。
じゃあソクラテスは本当にプラトンの描いたような地点にいたのかというと、そうでもないらしい。
そもそもソクラテス以前の哲学者とソクラテス以降をわけるのも当時としてはまったく意識されていなかった。
さらにソフィストと呼ばれる知識人とソクラテスの区別も当時は別に強調されていませんでした。
これらはプラトンの影響によって後から常識化したものなのです。
プラトンはソフィストを敵役として設定し、それとソクラテスを対比させる。こうして「哲学者ソクラテス」を立ち上がらせました。
そしてプラトンが創作したこのソクラテスが西洋哲学の起源に置かれたというわけです。
さらにややこしいのは、プラトンがソクラテスに語らせている思想が、かならずしもソクラテス本人のものではないこと。
むしろピタゴラス由来の思想が色濃いのです。
ピタゴラスは算数で習うあの三角形の定理で有名な人。単なる数学者・哲学者ではなく、ある種の霊能者として強大な影響力を発揮し、「ピタゴラス教団」と呼ばれるグループを残しました。
プラトンはソクラテスの死後、このピタゴラス派から大きな影響を受け、自身の哲学を発展させていきます。
イデア界、輪廻転生、想起説…。これらの思想はピタゴラス由来のもの。数学的な認識を重視するプラトンの行き方はまさにピタゴラスのそのものです。
そしてプラトンはみずからの作品のなかで、ソクラテスにこの思想を語らせるのです。そのプラトン哲学が、やがて西洋史全体(キリスト教含む)に圧倒的な影響をおよぼすことになる。
そう考えてみると、哲学の起源はピタゴラスなのではないかと思えてきます。
不在のソクラテス、プラトンの創作したソクラテス、ソクラテスの内側にいるピタゴラス。西洋哲学の始原(とされている地点)にはこのような複雑なねじれが存在します。