見出し画像

希死念慮。


※ここでは言葉の持つ意味や性質、医学的・学術的なものについて語るのではなく、僕の体験を話していきます。


   希死念慮(キシネンリョ)とは❓

「死にたい」と思う事。
自殺願望には病気や人間関係などの具体的な理由があるが、希死念慮は漠然した不安から「死にたい」と思う事。(ネットより引用)
「死にたい」の他に「消えたい」「居なくなりたい」もこの希死念慮に含まれます。ぼくの場合は「消えたい」でした。


 ぼくの場合

ぼくが「消えたい」と頻繁に考えていた時期は、【たけちゃんのうつ奮戦記!vol.1】のvol.1「1.身体の異変」の頃にあたる。(この時はまだ希死念慮という言葉は知りません)

当時、岩手県奥州市を拠点に北東北3県を担当していました(デカッ!)。現場も幸か不幸か青森、秋田、岩手各県にあり、この時が最大の忙しさでした。

いつものように現場とクレーム対応のお詫び行脚の為、東北道を北上していました。脳はとっくにパンクしていて、「お腹すいた」とか「寝たい」というような欲求もなく、ただボーっとしながら運転していました。

カーブが近づくと「ハンドル切るのをやめよう」とか、荷台を満載にした大型トラックが近づくと「荷崩れしないかなぁ?」とトラックの横や後ろスレスレを走ってみたりまさに「消えてしましたい」の絶頂期でした。(今でも不思議なのが「死にたい!」ではなく「消えたい!」でした)これが毎日続きました。

ギリギリのところで我に返り、また元の車線を走り続けました。ただ、なぜ我に返ったのか、何が引き留めたのか正直なところ未だ思い出せないんです💦

その後、心療内科に通うようになり薬を飲んでからは、この希死念慮はほぼなくなりました。ごく稀にあったとしてもこの時ほどではないです。


 あなたにお願い。

もし、あなたの周りで精神疾患を患い「死にたい」と言ってる人がいても、「俺(わたし)も死にたいけど頑張ってるよ!」とか、「残されたわたし(俺)はどうなるの?」等と言わないであげてください。

主語は「死にたい」と言ってる人であってあなたではありません!

「じゃあ死ねば!」とショック療法は絶対ダメ❌です。「生きるとは!」や「死とは?」等の説教もやめてください。

「死にたい」と言いながら、実際には自殺行為をすることができない状態なのです。気力も体力も失っているからです。かといって「自殺しないなら大丈夫じゃん!」というものでもありません。希死念慮によってますます脳が蝕まれているのです。

お願いしたいのは、「大変だったね」「辛かったね」「どうしたの?」「話してみて」と言葉を掛けて寄り添ってあげてください。一人じゃない、そばに誰かがいることを感じるだけでだいぶ気持ちが楽になります。


※今回の希死念慮は一例です。上記のそれに当てはまらないケースもありますのでご理解ください。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?