「アングラに咲け」のあとがき、または言い訳
※この記事は必ず「アングラに咲け」をお読みになってからご覧下さい
……って、注意書きを冒頭にしたって、好奇心と探究心に負けて下へ下へとスクロールする方は多いでしょう。なのでここで一つ、無駄話をさせて下さい。無駄話が嫌いで、「アングラに咲け」を読んだよ!って人は、勢いよくスクロールして下さい。すぐにあとがきを読みに行けるでしょう。
では、無駄話をさせていただきます。
小学生の頃、クラスみんなで「手ぶくろをかいに」を読みました。先生が言いました、「君たちには、この母親の温かな気持ちが分かるかい?」と。「手ぶくろをかいに」では、確か「お母さんぎつねは、赤くかじかんだ手で、子ぎつねの手をさすって温めてあげました」みたいな文があったんですね。自分の手もかじかんで赤くなってて寒いのに、それに構わず子ぎつねを温めようとするお母さんぎつねの温かさ、みたいなものを、先生は読み取って欲しかったんだと思います。
でも我々にその温かさを読み取ることはできなかったんですねぇ〜(レオス・ヴィンセント風に)
なぜならそこにいたクラスメイト全員、手が赤くなるほど寒くて震える経験をしたことがなかったんですねぇ〜(レオス・ヴィンセント風に)
我が地元は温暖すぎて、手が赤くなるほど寒くならないんですねぇ〜(レオス以下略)
「このお母さん、絶対ズルだろ、自分だけあったかいじゃん」
「だって普通、手が赤くなる時って、寒い時に風呂場で熱いお湯をぶっかけた時じゃん?」
「確かに!お母さんお湯ぶっかけてんじゃんワロw」
「寒くて赤くなることなんてないよなー?」
「……あのね君たち。寒い地域では寒すぎると手が赤くなるのよ」
「絶ッ対嘘だね、正月でも赤くならんよや」
「じゃあ先生は寒くなって赤くなったことあるんですかー?」
「……ないけど」
「ほらー!」
「でも!……」
こうなったらもう終わりです。誰もお母さんぎつねの温かな優しさを感じられないので、「手ぶくろをかいに」と先生をボコボコにします。田舎は怖い。
読解力ってなんでしょうね。前提条件として知識や経験がないと測れない力っぽいというか。
そろそろ「アングラに咲け」未読の方はいなくなりましたかね。……無事、あとがきに入っていけそうですね。
では!
「アングラに咲け」あとがき
この度は、拙作「アングラに咲け」をお読みいただき、誠にありがとうございます。皆さんに早速質問です。
あなたが読んだ「アングラに咲け」には、女の子が何人登場しましたか?
これ、人によって違うと思います。違ってて欲しいな。「アングラに咲け」は「性別という概念はあるけど、登場人物それぞれの性別は分からないよ」という縛りを設けて書きました。具体的には、登場人物全員の主語を「私」に統一する、彼や彼女などの代名詞を使わない、登場人物それぞれの容姿に関わる描写は避ける、しゃべり方で男女の見分けがつかないようにする、などを気をつけました。
この書き方、今回が初めてではなく、何作か書いてるんですね。そもそもなんでこんな書き方をし始めたかというと、疲れたからですね、この世に。別に誰に言われたわけでもないけど、なにか書いた時に「これ、この役割のこのキャラの人物が女性だと、前時代的じゃないか」とか、逆に「このキャラが男性だと、男性=暴力的というイメージを助長する」とか、色々考えすぎてしまって。男女で分けて考えるのが、私自身もう嫌で。そういうストレスが溜まりすぎている時に、ラジオのCMで「今、誰の声で再生しましたか?」って流れてきて。いや君たちメディアもイメージの押しつけに加担したじゃんか、今さらこっちに罪悪感抱かせるなよストレス溜まるぜ、と思いました。本当に色々面倒くさいので、「知らんぞ!私もこいつらの性別知らんからな!」となって、こういう書き方に落ち着いた次第です。
この書き方の何が面白いって、何回も新鮮な気持ちで読めるということですね。「記憶を消してもう一回読みたい」に近いことを実現できるというか。ぜひ皆さんの解釈やオリジナルな設定など、お聞かせください。
「夜」について
もともとネタ帳にあったものを引っ張り出して書いたのが今回の作品です。そこに「夜」の色を濃くして仕上げました。
子どもの頃は寝ていないといけない時間帯で、でも夜更かしを覚えてみるとその未知で不確かなファンタジーさは薄れ、代わりにグロテスクで生々しいものが見えてきてしまう。夜更かしに憧れていた時は自分だけの秘密基地感があったのに、実際は現実の延長線上でなんともリアルな時間である。それから思ったよりも短い。これが私の「夜」のイメージです。これに、私の(私だけの)新宿二丁目のイメージも加えました。昔は人目につかずひっそり集まる場所だったのに、色んなところで紹介され始めて、色んな人にシェアされ始めてから、オープンになってきた辺りとか。
作中が夜の真っ最中である時間は少ないですが、それは私の夜に対する「思ったより短くて、現実の延長戦上」だというイメージの表現です(と、いうことにしておきたいです)。
収まりきらなかった設定など
✴︎イマキについて
こいつは自他ともに認める変態野郎です。三度の飯より人の筋肉が好き。筋肉に性別はないと考えています。セクシャリティ云々の前に、筋肉好きが土台にあるのがこのイマキという人間です(私は筋肉に詳しくないですが、きっとこいつに語らせたら「一番好きなのはナントカ筋でそれが鍛えられるナントカって筋トレ方法があって、それを眺めながら白飯3杯いきたい」とか言い続けて止まりません)。こいつらが通っていたのは、文武両道をモットーにする部活と行事に命を燃やす系の高校です。部活の大会には当たり前な顔して吹奏楽部の応援演奏がついていきます。イマキは、運動部の筋肉を堂々と眺める権利を得るために吹奏楽部に入りました。違和感のないように中学生の頃から音楽好きのイメージを周囲につけています。変態は策士。トランペットを選んだのも、一番高い位置でお目当ての筋肉を眺められるようにするためです。
こいつの変態性をよく理解していたのが、あのムレルナです。イマキとムレルナは小学校からずっと一緒だったので、ムレルナはイマキがどのようにして変態クソ野郎に育っていったのかをよく理解しています。それと同時に、イマキもムレルナの家庭事情(後述)をよく知っています。だからイマキは、「ムレルナとは一生の友達でいられないかもしれない」と思いつつ、ずっと隣にいました。ムレルナはきっと私から離れていく。きっと私はムレルナに嫌われる。でもそれはムレルナが悪いんじゃない。もちろん、自分自身が悪いわけでもない。それをよく理解していたのが、イマキです。ムレルナが好きな先輩が自分を好いているらしいと気づいた時には、潮時かなと覚悟しました。あとちょっと泣きました。初めはムレルナを救いたいと思っていたイマキですが、ムレルナの攻撃のあまりの酷さと寝不足で途中から心折れて、そんな時に聞こえてきたのがGo-Kaネイサンの新曲でした。ペンを取り真っ白なノートに今まで我慢してきた全てをぶつけます。もちろんGo-Kaネイサンの新曲を聴きながら。
イマキの退部や退学には、実はとある先生が関わっています。ムレルナとの関係のこと、コウミとの関係のこと、イマキの家族とのこと、そして自分自身のこと。全てを先生に相談して、例の小説も読んでもらいました。そしたら先生はイマキの書く才能を認めた上で、「とりあえずここから逃げてみたら?」と提案しました。先生自身は、志望校を県外に定めさせることで、学力の回復と自立を促すつもりだったようです。想定外だったのはイマキの行動力ですね。あーあ。
今を生きる、のイマキでした。
✴︎コウミについて
恋愛の前に友情を学ばんといけんかったのがコウミです。コウミには人の好き嫌いがないです。というか、失礼なほど人に対して興味が薄かった。空気を読むんだとか大切に思う人を大切にすることとか、そういうことを一切せずに高校にきてしまったのがこの人です。だから後半でGo-Kaネイサンの解釈をイマキに押し付けてしまったり、イマキのノートを置き去りにしてしまうんですね。もともと主張が強く物忘れしがちな性格が、嫌なところに出てしまいました。イマキに逃げる提案をした先生は、コウミをちゃんと叱ります。そこでやっとコウミは自分のしでかしたことの酷さを自覚します。イマキと連絡が取れなくなってからは、「本当は私にブチギレたんじゃなかろうか」と反省します。ちゃんと勉強して学力を回復させたのち、大学に進学し、人と付き合うということもしてみますが、うまくいきませんでした。自分はなにをしてもダメなんだ、もう今さら手遅れなんだ。唯一の趣味、音楽からも遠ざかってしまいます。だんだん大学からも足が遠のき、引きこもってゲームに沼ります。なにに使うわけでもなく貯めていたバイト代で機材を買ってゲーム実況を始めます。有名にはなりませんが知る人ぞ知る実況者になれてそこそこ稼げたから、もうこれでいいやと、やや無気力なまま、大学を卒業しようとします(1、2年の時がんばったから大学から遠のいても単位は足りたらしい)。そんな中でイマキが小説家になったことを知ります。高校時代の申し訳なさから禊のつもりで全作品を買って読破しますが、そこで初めてイマキの変態性を知ります。なんだよイマキも人より人の筋肉じゃんこの変態が、となって罪悪感は薄くなります。イマキのノートに書かれた作品と謝罪会見の原因となった作品を自分の中で繋げて、それで改めてイマキの人としての思想とその優しさに惚れます(この感情は友情ですか?恋愛ですか?コウミにはよくわかりません。ただ確かなことはコウミがイマキが大好きだということだけ)。
例の記者会見後、実況者の名前を変えますが、ほどほどの人気は健在で(コウミは引きこもりが天職)、あとはバイトと「ラッカン」の運用で食っていきます。
最高の味方、のコウミでした。
✴︎ムレルナについて
歳の離れた姉か兄がいます。全ての元凶はこの歳の離れたきょうだいです。ムレルナ自身はきょうだいのことが好きです。両親が忙しいので、よく二人でテレビを見て過ごしました。その環境で、ちょっと年上なだけの大人ぶった子どもなきょうだいがいらんこと言うんですね。「世間はこういってるけど、本質はこうだと思うよ」的な、ズレた何某を。また、ムレルナのきょうだいは悪い人を恋人にしがちだったので、無意識な八つ当たりもありました。きょうだいの悪い恋人の話、きょうだいの騙るテレビの解釈。ここからムレルナは嫌な知識をつけて世の中の様々なことがらに対して偏見を持つようになります。そのズレた偏見をかっこいいと思った人たちが、ムレルナの友達になっていきます。ムレルナの思想はますます傾いていきます。それを見てみぬふりできなかったのが、イマキです。ムレルナ自身は、筋肉変態クソ野郎のお世話係のつもりで接していました。こいつと仲良くしてる私って超偉い。もっと褒められるべきだけどなー。イマキのセクシャリティを知ってからは、イマキを煙たがります。ムレルナは、昨今のいわゆるセクシャルマイノリティを、「マジョリティを変態に仕立て上げたい本当の変態の集まり」だと思っていて、かつイマキがマジの変態なので、もう救いようのない差別主義者みたいになってしまいます。自分の周りに人がいることでやっと安心できるムレルナなので(あとちょっとだけ賢いので)、決定的に「いじめ」「差別」と断言できることはせず、遠巻きに嫌がらせっぽい何某を時間をかけてやります。イマキにはそれが辛かったんですけどね、ぶつかれないから。
イマキの小説を化学室で読んだ時は、本当にブチギレます。なんでお前が被害者ぶってんだよ、私の好きな人とっておいて、変態のくせに!なんでお前がGo-Kaネイサン知ってんだよ、マイナーだから私しか知らないと思っていたのに!(同担拒否のけがあるムレルナ。この人本当に面倒臭い)。ムレルナは復讐を誓います。憎しみと悔しさを全て勉強にぶつけ、異例の若さで記者になります。しかし、勉強しながらムレルナは己の間違いに気づくことができたんですね(ちょっと賢いから)。でもこの時点でイマキの優しさには気づかない(賢いのはちょっとだけだから)。コウミ同様、罪悪感に苛まれます。謝罪会見の原因になったあの小説はちゃんと読んで、ちゃんとしっかり号泣します。そこでやっと、小学生の頃から歪んでいた自分を受け止めることができました。イマキに感謝!でももう隣にはいない……。いつか直接取材できると信じて仕事は続けます。そのチャンスはかなり早く訪れます。イマキが謝罪会見を開くことを聞いて、上司やそのほか偉い人からなんの許可も得ずに、記者団の最前列を陣取ります(怖い)。再会成功ののち、記者を辞めさせられてしまいます。その後、正式なルートでイマキとコウミともう一度再会し、三人で「ラッカン」を運用していきます。
人と群れるな、のムレルナでした。
✴︎Go-Kaネイサンについて
モデルとなったアーティストがいますが、突然の休止などはしていません。イマキとコウミが真似したブラスパートなどは後述をご参照ください。
✴︎「ラッカン」について
知る人ぞ知る、あのラッカンです。そう、この物語は「ラッカン」創設の物語なんですよね。なんのこっちゃと言う方は、ぜひこちらをお読みください。私の代表作です。
イマキとコウミ、それからムレルナが運用する世界線の「ラッカン」は最初アンダーグラウンドな存在だったものの、ムレルナの意向(イマキとコウミは反対していた)で活動範囲を広げた結果、爆発的に儲けることができます。しかし、ムレルナにずっと反対していたイマキとコウミの予想通り、とあることがきっかけで急激に衰退します。このことでムレルナとはきっぱり道を分つことになりますが、イマキは「諸行無常ワロw」とか言います。コウミは暇になったからと、音楽の趣味をやっと再開させます。
では、イマキ・コウミ・ムレルナが運用しない世界線のラッカンはどうなるかって?それはあなたのおめめで確かめていただきましょう。https://youtube.com/@rrrrrakan?si=9Dp7fkErHmSdPO2h
プロットなプレイリスト
ここまで長く、複雑な話を書いたのは初めてなんです。慎重に仕上げたいなと思って、初めてプロットを作りました。ただ、最初はどう書いていいかわからなくて、それで思いついたのが、曲のプレイリストを作ってこれを仮のプロットにしてしまうというやり方です。プロットを書くにしても、本文を書くにしても、書きながら書きたい展開を忘れそうなので、思いついたらすぐ文字にせず、曲に当てはめてプレイリストにぶち込んでいくことをしました。あとで、展開を考えて前後を入れ替えたりして、執筆BGMにしました。
以下が、そのプレイリストです。
作品の隣にあるコメントについて
この作品のプロットがちょうど仕上がった夏頃、とても悲しいニュースがありました。亡くなって気付かされるその存在の大きさ。この「アングラに咲け」を今年書き上げようと思ったきっかけをくれた人でもありました。あのお方がいたからがんばれたこともあったのに。この作品の内容も相まって書くのが辛くなったので、本当に仕上がらないんじゃないかとも思いました。たっぷり時間をおいて、自分自身の人生の方針をも定め直した上で、やっと書き上げることができました。
だから「アングラに咲け」は、奇跡の上で成り立った作品です。全ての命に幸在らんことを。
最後に
この度は、拙作「アングラに咲け」をお読みいただき、また長い長いあとがき(もしくは言い訳)をここまで目を通していただき、誠にありがとうございます。
このような素敵な機会をくださった西野夏葉様に、この場を借りてお礼申し上げます。おかげさまで、絶対に書き上げたいプロット集から一つのネタが作品として飛び立つことができました。それから初めて文学フリマにも参加できました。初めて作品が本になることも叶って、様々な幸運に恵まれました。本当にありがとうございます。
これからも、精一杯創作を楽しんでいく所存でございますので、今後とも一ノ清まつ子とその作品たちをよろしくお願いいたします。
(文学フリマ37からちょうど4ヶ月後に執筆)
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