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あなたの存在

風にとんでゆく 紙くずさえ
美しくしてしまう 秋
そんな中に 野菊が咲いている

星野 富弘

学芸会の季節になると、私の中に必ず蘇ってくる担任時代の一コマの映像があります。

私は、学芸会では子どもたちに、自分の役割と責任を果たすこと、協力して劇を創り上げて達成感を味わうことを目標にしてきました。そして劇の中に流れる主題を肌で感じ取らせたいと、舞台監督のような気になって力を入れ、子どもたちに迫真の演技を常に要求していました。そこには、成功体験や達成感、充実感を、行事を通して子どもたちの中に育てたいという思いがありました。

ある年に選んだ六年生の演目は芥川龍之介の『蜘蛛の糸』でした。いつも目立ちたがり屋なT君は、主役のカンダタのオーディションに通らず、地獄の罪人役の一人となりました。目立たない役なので、あまり気乗りがしない様子で、練習中はふざけて注意されることもたびたびで、私はいささか指導に手を焼いていました。そして主役と同じくらい脇役は重要であり、また演技は難しいということを、繰り返し話して聞かせる毎日でした。

迎えた本番当日。

最後のクライマックス、地獄の血の池シーンになりました。舞台を真剣に見てくれている観客の視線と会場の空気を感じてか、T君も血の池を這い回るいい演技をしていました。と、罪人役の子の一人が、血の池地獄のセットを足で蹴とばしてしまい、セットが倒れてきたのです。舞台袖で見守っていた私ははっとしました。お釈迦様役の子が思わず「きゃっ」と声をあげました。その瞬間でした。運動が得意のT君が片足をあげて、セットが倒れるのを止めたのです。かなり長いシーンでしたが、最後まで片足を上げ続けて必死に演技していました。観客は全く気付いていません。しかも足が見えてしまわないように上手に足を曲げたまま上半身で演技しせりふを言っていました。その姿に、私は何やらいいようもない感動、そして感激が沸き上がってきました。T君は劇を成功させたいという強い思いをもち、そして、誰よりも劇を支える意味をしっかりとわかってくれていたのです。

私は、T君の行動を素晴らしいと感じました。そして、私も、子どもに支えられているのだと実感しました。教師は子どもを指導しているという、ともすると思い上がった気持ちから、T君を手のかかる少し困った子だと考えていた自分を、子どもの心の風景をまだ理解できていないんだと、恥ずかしく思う瞬間でした。

社会という舞台では、様々な仕事があります。その中心で活躍する人、また、その仕事を支えている多くの人がお互いに協力をしながら成り立っています。一人一人が自分の役割を知って力を発揮し、生き生きと自分を表していれば、どの人も輝いているのです。中心になっている人だけが輝いてみえるというなら、それは支える人たちの大きな力によるものです。

あなたの存在。そして役割。
大輪の花ばかりが美しいわけではありません。

深まりゆく秋。学会の練習が始まりました。
子どもたちには、全員で一つのことを創り上げるためには何が必要なのか、誰かのために自分はどうすればいいのか。

目に見えない心の糸をお互いに紡いでいくことの意味を感じてほしいと、願っています。

平成21年学校だより11月号 より

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