意見を持つのは素晴らしいことか?
メディアにおいて、しばしば専門外の人たちが「オレのコロナ論」や「アタシのコロナ政策」を展開している。
そうした光景を目にすると、何かに意見を持ったり発表したりすることが果たして常に大切なのか疑問に思う。
テレビでよく見る落語家や国際政治学者は、毎日のようにコロナの情報に触れるうちに「気分はもう専門家」になってしまったようだ。
そうなると、「自分は実質、専門家よりも正しく判断ができる」という錯覚を起こすまで時間はかからない。
そんな状態で意見を発するのは無責任であり、多くの場合ミスリーディングだ。
政治家も国民も、まずは専門家の意見を聞こうではないか。
無理して「自分の意見」を考えるよりも有益なはずだ。