書いて書いて書いて読んで読んで読んで『赤ちゃんグッズ徹底テスト&購入ガイド』
やあ、僕だよ。
昨日、16歳になる実家の犬が死んでしまった。
その犬は僕がちょうど受験生の時に家に来て、父も母も妹も昼間誰もいないっていうのにまだ3時間ごとにミルクが必要な子犬だった。
自分が将来動物関係の仕事に就くなんて夢にも思っていない頃の僕だから、ぶつくさ言いながら片手サイズの毛玉の世話をした(授業に行かなくてもいい時期だったのだ)。
生まれたばかりの生き物が可愛いのは庇護してもらう目的があるからである。
最近、「その一目惚れ、迷惑です」というフレーズが印象的なCMがやっているけれど、正しくは「一目惚れしたからにはきちんと養え」だ。
「養えないなら一目惚れするな」もいいな。
とにかくうちの犬も可愛かった。
片手サイズがトイプードルらしからぬ大きさにまでなってしまったけれど、彼のチャームポイントは小柄であることでも瞳の大きいところでもない。
それは陽気さと愛嬌だった。
事実を受け止めきれていない僕は泣きながら本を読み、映画を観たのだけれど全然内容を覚えてなかった。
思い出せたのがこの一冊だっただけ。そもそもこれ雑誌じゃん。でもこれしか覚えていないんだ。
君にも彼を共有してほしくて今日は書くことにするよ。
フラニーがシーモアの話をするように、僕は彼の話をしよう。
本雑誌内容と感想
彼のことを考えながら読めた唯一の本。
ベビーカー、抱っこひも、オムツ、おしりふき、ベビーバスグッズ、ベビー服、粉ミルク、哺乳瓶、授乳用品、ストローマグ、食事用グッズ、スタイ、ベビー寝具、バウンサー、チャイルドシート、その他こまごました用品を余裕のない状態の僕ですら分かるように各メーカーごと比較した雑誌。
育児知識もページを割いているが、おまけ程度。
それがかえって潔い。買い物する時に何を基準にして選べばいいのか、に特化した内容だと言えよう。
冒頭の乳幼児用コロナ対策はページ数は少ないものの、非常にためになった。
今まで読んでいた育児本はどれもコロナ前発刊のものばかりだったので、雑誌ならではという感じでお得な気持ちになった。
どうにもこうにも気持ちがフラットにならない時や余裕のない時は静止画が多いメディアであれば取り込めるのを知った。
こんな時でも学べることはあるのだなぁ。書いてなかったら気付いても忘れてしまっていた。無理に書いてよかった。
尻尾を振ったから「もしかして」と思った
これを上げた直後、実家へ向かった。
実家ではこの写真の見る影もなく、しょぼくれて立ち上がれもしない彼の姿があった。
水をたくさん飲むと胃に残っていたわずかな食べ物がすべて吐き出された。
最近はほぼ毎日近所の動物病院に通院していたので、医者も彼の状態をよく分かっていただろうにすでに手の打ちようがないとのことで退院させられたのだ。
まあでも、個人でやっている小さな病院だ。
最期を悟った先生が彼のためを思って家に帰してくれたに違いない。
しかしながら朝まで父と母と僕とで共に過ごした彼は、僕が実家に到着した時とは明らかに違う動きをしていた。
体温も上がり、固形物は受け付けないものの、水分は吐かずに済んでいた。
最も驚くべきことはずっと寝たきりだったのに仕事へ行く父を見送るため、玄関に向かったことだ。彼はいつも通り尻尾を振っていた。
そこで僕らは「もしかして」と思ってしまった。
父との思い出
彼のチャームポイントは陽気さと愛嬌と書いたが、少し前までは動きにそれがよく現れていた。
父のことが大好きで、帰ってくる物音(車の音やサンダルを引きずる音や鍵の音やコンビニ袋の音)を聞きつけては玄関に向かい、尻尾を振りつつ待っていた。
昔、犬を飼う前の妹がこんな感じだった。
僕がドライな分、妹の方が情を持って行ってしまったのか、父が帰ってくる物音を心待ちにして玄関で待っていた。
だからこれから父は誰も待たない玄関に帰ってこなければならない。
母との思い出
彼はその持ち前の陽気さと愛嬌から来るパワフルさで、母に手間をかけた。
先住犬(一昨年亡くなっている。18歳だった)よりもよっぽど本能のままに生きていたので、家犬なのにところ構わずマーキングをしていた。
犬種が違うから性格も違うのは当たり前なのだが、生涯省エネタイプだった先住犬と違って、彼は傍若無人に振る舞うわりに憎みきれない愛嬌がある。
その身勝手さは母も手を焼き、やれご飯だやれ散歩だとなると体全部を使って喜びを表現し、そしてまた部屋を汚した。
彼が来る前までは僕もよく部屋を汚していた。生来の僕は食べるのが本当に下手だったし、高校生になるまで(なってからも)脱いだものを洗濯機に入れるのをよく忘れた。
だからこれから母は誰も汚さない部屋を掃除しなければならない。
彼は死んだのに僕は娘と電車に乗っている
「もしかして」と思った僕らは少し遠いけれど、権威のある動物病院の門戸を叩いた。
セカンドオピニオンというやつだ。治療が出来なくてもせめて大きな病院だったら水分以外に栄養を取らせることが出来て、少しばかり延命出来るかもしれない。
そこで院長先生に彼を診てもらうことにした。
院長先生も検査や治療に前向きな様子で、彼は入院することになった。
それが彼を見た最期になってしまった。
僕らの判断が間違っていたことをお互い責め、メッセージを送りあった。
僕は朝の電車に乗って、実家にとんぼ返りした。
連絡をもらった時はまだ生きていたみたいだが、道程の半分も行かないうちに亡くなったことを知った。
冷静になろうとkindleやアマプラやネトフリやYoutubeを次々と開いた。
腹の中の娘が暴れている。彼女は普段夜中の方が活発なのに、今日に限って僕の腹を激しく叩き、また蹴る。
まるで僕の頭の中みたいだ。
ものすごい大きな嵐が僕の頭で、心で暴れまくっている。
声を出さずに泣く時は大抵泣くのを止められる時なのだけれど、その時ばかりはまったく涙が止まらなくて困った。
電車の中で泣いていると周囲から要らぬ気遣いをされてしまうのが心苦しく、気持ち俯き加減で寝ているフリをした。
彼は死んだのに僕が生きていて、娘と電車に乗っているのが急に不思議に思えた。
いつもの希死念慮とは違う、生きている状態についての純粋な疑問だ。どうして僕らは生きていられるんだろう、という感じである。
僕らはそれぞれ彼を弔って悲しみ、今日彼は焼かれ、骨になった。
どうして僕らは生きていられるんだろうの答えは出ないけれど、とりあえず僕らはまだ死んでいない。
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