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『食戟のソーマ』総評〜「鵜の真似をする烏」の典型〜

今更ながら『食戟のソーマ』を原作・アニメ共に完走したので、改めて総評を書きますが、総じていうなら「鵜の真似をする烏」の典型だったのではないでしょうか。
もう散々言われているように、本作は連隊食戟〜BLUE編(アニメの4期・5期)辺りから物語が失速してしまい、名作になり損なってしまいました。
まさか黒歴史と散々揶揄された「ドラゴンボールGT」や「ドラゴンボール超」の未来トランクス編以上の黒歴史を物語の後半〜終盤で味わうことになるとは思いも寄らなかったのです。
企画の骨子自体は悪くなく途中までは本当に盛り上がりとしても良かっただけに、どうしても後半以降の出来の悪さが悔やまれますが、どうしてこうなってしまったのか?

色々理由は考えられますし散々論じられていますが、個人的には凄くいい素材と設定だっただけに、最後の調理法やら何やらを間違えてしまったという印象です。
料理漫画としての王道自体はきちんと押さえてありましたし、初期の物語は本当に丁寧に構築されていてすんなりと物語に感情移入できました。
「今のジャンプ漫画もなかなかいい作品あるじゃん」と思ったので、久々にリアタイで全話追っかけてアニメも全部見たのは本作が久々です。
既にある程度の感想はTwitterでまとめてはいるものの、ここではもう少しレビューとして文言を整理しつつその理由を具体的に挙げてみましょう。

『ミスター味っ子』で『テニスの王子様』をやろうとした料理漫画界のピカレスクロマン


私が感じ取った印象ですが、本作の作風と構成は『ミスター味っ子』で『テニスの王子様』をやろうとした作品という印象がとても強く、料理漫画界のピカレスクロマンを目指した感じがあります。
主人公の幸平創真とその父親の城一郎は「テニスの王子様」の主人公・越前リョーマとその父親・サムライ南次郎のセルフオマージュですし、定食屋の息子という設定もミスター味っ子の味吉家の発展形です。
その創真は普段はあっけらかんとしていながらも内に秘める料理への飽くなき情熱と尖った鋭さは誰にも負けないものを持ち、それでいて誰に対しても明け透けな親しみやすさが魅力的でした。
これは越前リョーマのような尖った生意気キャラにどれだけ愛嬌を与えられるか?というところであり、彼が一貫して明るく居てくれたからこそ何だかんだ最後まで読むことができました。

最初に「この学園のことは踏み台としか思ってない。入ったからにはてっぺん取るんで」というビッグマウスぶりもまた越前リョーマのような生意気さを彷彿させます。
そしてその生意気な創真が料理対決=食戟を通して遠月学園に蔓延る料理人たちを救済していくという構図も「悪人がさらなる悪人を倒す物語」という「テニプリ」の構図を継承したものです。
定食屋上がりの生意気な天才料理人がその悪人たちの鼻っ柱をへし折って改めて「料理とは何か?」と向き合い、また創真自身にも「城一郎の模倣」という壁を与えています。
まあここまでベタに「テニプリ」を料理漫画でやるとは思っていませんでしたが、しかしその人気作品に肖るだけではなく独自性もきちんと打ち出していました。

特に最初の合宿のところでの田所恵の退学を取り消せと言って創真が四宮小次郎に喧嘩を売るところ、そしてそこからスタジエールや連隊食戟で四宮・創真・恵の関係が構築されたのは好きです。
また、秋の選抜で誰が優勝するのかと思いきや創真ではく葉山アキラに花を持たせ、ここで定食屋としての知識だけでやってきた創真に限界と課題点を与えているのも好感が持てます。
ここは「テニプリ」の越前リョーマとはっきり差別化を図ったところであり、越前リョーマって基本的に最初に手塚国光以外には公式戦で負けたことないじゃないですか。
その完勝無敗でエリート街道を突き進む姿も爽快感があって好きなのですが、リョーマと被らないように創真はきちんと公式戦でも負けさせているのは意図的な差別化かと思われます。

また、ファンから散々言われるおはだけと言った「エロ」を意識させる演出も個人的にはあそこまでオープンにやられるとかえって清々しく見れます、なにせ総帥まで脱がせますからね。
それに料理を食べる際のリアクションも『ミスター味っ子』のアニメ版で見られる今川演出の方が余程ぶっ飛んでいるので、本作のオーバーリアクションはまだ可愛い方です。
全員が悪人というわけでもなく田所恵のような健気な善人キャラもいますし、何だかんだ料理対決を除けば普段は等身大の高校生っぽさがコミカルに描かれています。
作品全体としてはシリアス寄りではありつつも軽快な陽性のトーンで進むのでストレスが少なく、純粋に料理対決そのものを楽しむことができました。

秋の選抜〜学園祭までが物語のピーク、あとは駄々下がり


そんな本作ですが、冒頭でも書いたように傑作だったのかというとそうではなく、秋の選抜〜学園祭辺りまでが物語のピークであり、後は駄々下がりする一方です。
特にBLUE編に関しては明らかに物語の本筋が料理漫画から逸れてしまってブレが生じてしまい、物語のテンションと格を落としてしまいました。
まあジャンプ漫画の場合「ドラゴンボール」でも「ONE PIECE」でも必ず物語中盤に山場があって、その山場が一番の盛り上がりどころになるようです。
しかしその後はどうしてもネタが浮かばなかったり、あるいは連載の事情で無駄な引き延ばしが発生したりといったこともごまんとあります。

本作もご他聞に漏れずジャンプ漫画の法則を辿ったのですが、歴代の中でも本作は勿体ないほど凋落していったなあという感じです。
上にも書いていますが秋の選抜・スタジエール・学園祭は本当に料理対決の内容としても物語としても大好きなところで、未だに何度も繰り返し見ています。
特にスタジエール編は改心して渋くかっこいい料理人として生まれ変わった四宮小次郎の風格がそのバックボーンと共に掘り下げられて良かったです。
創真と同じ料理に対する情熱や原点を抱えながらも、定食屋として育った創真とは真逆のアプローチや環境で育ってきたのがいい対比になっています。

そこからフランス料理の技法を習得して生まれ変わった創真が作るオリジナルの料理から四宮のアドバイスの下りまではカッコ良かったです。
四宮は厳しいながらも確かな料理に対する愛情と哲学をしっかり持っていましたし、創真の料理に対して厳しくダメ出ししながらもどうすれば改善できるかを叩き込んでくれます。
この描写があるおかげで私は四宮小次郎を本作で1・2を争う名キャラだと思っていて、またあの創真をして「師匠」とまで呼ばれる程の格は間違いなくありました。
変なチート設定も破綻もなかったし、プレオープンの日には創真の決意を聞いて自らまかないを作り創真の才能を高く評価するなど大好きな人物です。

また、学園祭も創真の見通しの甘さが裏目に出ながらも久我を相手に戦うところは良かったし、その久我がこれまた中華料理のスペシャリストとして立ちはだかるのも好印象でした。
あそこで「十傑ってデカいな〜」と感じました、それこそ「テニスの王子様」でいうなら王者立海大附属ばりの威厳と風格を兼ね備えていたと思います。
しかし、そこまでは面白かったし、またその後の十傑を創真たち極星寮の連中がタッグを組んで知恵と工夫で機転を利かせて乗り切るのも見応えがありました。
ただ、連隊食戟あたりからある要素が悪目立ちしたことで、本作は物語として失速してしまうのですが、その原因は何だったのでしょうか?

連隊食戟〜BLUE編がつまらない理由


本作を語る上で避けては通れないのが連隊食戟〜BLUE編のつまらなさですが、その理由はというと「薙切家のお家騒動」という料理対決とは無関係の要素が入り込んだからです。
薊政権によって遠月ごと乗っ取ろうとしたり、またBLUE編では才波朝陽とNOIRという犯罪者集団が現れますが、この一連の設定と物語の展開が余りにも薄っぺらすぎました。
確かに本作は「料理対決を通して悪人がさらなる悪人を倒す物語」ではありますが、幾ら何でもここまで行くと料理漫画として成立する範囲を超えた、ただの勧善懲悪です。
そもそもなぜ薙切家の救済という要素を横槍として入れたのかもわかりませんし、またそんなものを創真が打ち倒さなければならない理由もわかりません。

というか、そもそも私は本作のメインヒロイン(?)にしてライバルである薙切えりなが大嫌いなのですが、その理由は彼女が物語の上で勝ち逃げしっぱなしだったからです。
ただでさえ彼女は物語序盤で美味いはずの創真の料理を照れ隠しから「不味い」と言って嘘をついて創真の店の評判まで貶めようとし、出るたびに神の舌だか何だか知らないが高飛車な言動。
総帥の孫だからというだけでも相当に読者のヘイトを損ねてしまう設定であるのに、彼女には四宮小次郎と違って改心や因果応報を受ける描写が全く存在しないんですよね。
おそらく私も含めてえりなを嫌いな読者は彼女の高慢なキャラクター性もさることながら、それ以上に物語の扱いがあまりにも理不尽なまでに贔屓されていることにあるからだと思います。

こんな娘が野放しにされているだけでも大問題なのに、そんな娘の両親は父親は自分の殻に閉じ込めようとする毒親であり、母親は「神の舌の呪い」とやらで長年ずっと育児放棄を続けた親の風上にも置けない奴。
そりゃこんな最低な両親の元に育てばこんな世間知らずの常識がない痛いわがまま娘が誕生してしまうわけであり、むしろ薙切家の屑っぷりが浮き彫りになってしまうというものです。
そしてそれを救うのがなぜ幸平創真でなければならなかったのかという理由も正直わかりません、そういう家系の問題はえりな自身が自分で立ち向かわないとダメでしょう
しかもそれが料理漫画界のピカレスクロマンを目指した本作の終盤に待ち受けていたものだったなんて、あまりにも物語の落としどころとしてスケールが小さすぎませんか?

料理漫画なので食べ物に例えますが、普通は物語も終盤になればまずとんでもないビッグスケールの高級料理を用意してくるものです。
しかし本作は城の最上階にあったものが一見さんお断りのVIP料理店ではなくそこらにあるファストフード店でしかなかったのは一体何だったのでしょうか?
確かにえりなを悲劇のヒロインとして描くのも1つの手法ではあると思いますが、本作でそれをやるのは違うというか、あくまでピカレスクロマンとしてのドライさを貫き通さないといけません。
ピカレスクロマンにはピカレスクロマンなりの一貫性というものがあるわけで、どうもそのあたりの取捨選択を間違えてしまい失速した印象です。

幸平創真も薙切家も呪縛から解放されないまま


そしてこれはもう大元の「テニスの王子様」を最近考察しているからこそ思うのですが、私は5期の最終回が決して諸手上げて喜ぶべき大団円だとは思えません。
なぜならば幸平創真も薙切家も呪縛から解放されないまま終わってしまったからであり、一見ハッピーエンドのようですが私には何も根本的なことは解決していないように見えました。
まず幸平創真が料理を作り続ける動機が「薙切えりなに「美味い」と言わせるため」ですが、これ本人も無自覚のうちに薙切えりなに呪縛されてしまっています。
別にえりなに美味いと言わせるために料理するのが悪いとは言いませんが、それが自己目的化してしまうと視野狭窄に陥ってもっと大事なものを見失ってしまうのではないでしょうか。

1人の人物にフォーカスするのは関係性としては悪くないものの、それにばかり固執するとかえって共依存みたいになって、最悪の場合共倒れしかねません。
私創真にはえりなという壁なんてさっさと超えてしまってもっとその先にあるべき「プロの料理人」としての知見と視野を広げて欲しかったんですよね、薙切えりなから解放されて欲しかった。
またその薙切えりなと母親の真凪に関しても「神の舌」が持つ呪い=並の料理では満足できない肥えた舌からは解放されていないわけであり、これも私は欠点だと見なしています。
家族喧嘩でバラバラになったのならばともかく、神の舌という本人にはどうしようもない生まれつきの才能を原因にしてしまうと解決のしようがありません。

そもそも神の舌とは何か?をきちんと定義せず単なる超能力や血継限界のように描いてしまったことで、かえって物語に破綻を招いてしまったのではないでしょうか。
そこを解決しないまま表向きの大団円などを見せられても白々しいというか「優しい嘘」で逃げたとしか思えず、私の中ではどうしてもそこが引っかかってしまったのです。
よく本作のBLUE編を批判する時に「異能」「能力バトルになったから」という理由がありますが、別にジャンプ漫画なので能力バトル路線が入ってもいいとは思います。
しかし、そういう表面上以前にもっと俯瞰した物語全体の構成という点で見たときに、本作はあまりにも落とし所がショボくてスケールが小さくなってしまったのです。

結果として本作は最終的に「料理とは何か?」という本質の部分に向き合って新しい回答を出したわけでも、何か新境地を見出したわけでもありません。
それが本作全体を微妙な作品に見せてしまい、結果からいうと「鵜の真似をする烏」になってしまったという失敗作の典型となったのではないでしょうか。
「テニスの王子様」はその点決して1つの関係性には固執せずに次々と新境地を開拓していっており、また一歩間違えると失敗してしまう地雷要素を慎重に回避しています。
本作はその辺りの見極めに失敗してしまい、どうにも中途半端に大衆迎合に走ってしまい失敗してしまった感は否めません。

それでも好きなキャラは沢山いるので嫌いにはならない

とまあ、後半はだいぶ厳しめの評価となってしまいましたが、それでも好きなキャラはたくさんいるので、総合的にはまあまあの良作ではなかったかと思います。
好きなキャラは上に挙げた通り主人公の創真は別格として、やはり四宮師匠・田所恵・タクミ=アルディーニ・水戸郁美・一色慧辺りでしょうか。
特に創真のライバル兼親友であるタクミ=アルディーニは見かけこそハンサムですが、中身はとても王道的なジャンプ漫画の主人公像に近いと思います。
美作戦で大敗してからスタジエールで己を鍛え上げて強くなり、叡山を倒す下りは爽快感があってとても大好きなキャラクターでした。

田所恵のような「弱いけど健気に頑張るキャラ」は一歩間違えると竜崎桜乃のように嫌われ者になりがちですが、稀有なバランスで乗り切っています。
芯がとても強く誰よりも思いやり深い人物で、それがまた四宮師匠の心を動かしたのだと思うと本当に頑張り屋さんだなあと思いますし、こういう努力家キャラは大好きです。
また、水戸郁美はツンデレでありながら自分の本音にはストレートで竹を割ったような性格ですし、最初の敗戦からの這い上がりが印象的でした。
そして、一色慧は変態っぷりと天才ぶり、また寮の実質のまとめ役としてみんなの良きお兄さんでいい味を出していたと思います。

だから薙切家周りの設定がなかったらもっとスッキリして見れたと思うし、純粋な料理漫画として楽しめたとは思うんですよね。
ピカレスクロマンではありながらも料理漫画の王道というか基本は押さえられていましたし、好きキャラはとても多いです。
だからこそ薙切家を好きになれなかったのは作品として致命傷でしたし、最後で変な地雷を踏んで台無しにしてしまったなあと思います。
連隊食戟以降をもう一度リファインして作り直して欲しい、そう思える程の革命作になり損なった作品だったのではないでしょうか。

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