
戦隊シリーズはいつ「身内での蹴落とし合い」をする番組に成り下がっちまったのか?
感想を全く書く気はないのだが、とりあえず『ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー』の制作発表がなされたのでこれだけは多少なり触れておこうか。
まず最初の5分があまりにもつまらなさ過ぎて損切りしたのだが、とりあえずキャストから何から今年の戦隊は「脱構築にすらなりきれていないバカの力自慢戦隊」ということでよろしいか?
近年の戦隊は「ゼンカイジャー」除いて及第点に到達している作品が1つとしてないが、とうとう本作によってまたもやワーストが更新されるのかと思うと怒る気すら失せる。
まあ私の中で『未来戦隊タイムレンジャー』までは一次創作としてのスーパー戦隊、『百獣戦隊ガオレンジャー』以降は二次創作としての「同人戦隊」として割り切っているのだが、近年はその「同人」としてのクオリティにすら及んでいない。
あと、予告であったこのカット。

まんまこれやん(呆)

戦隊シリーズはいつ「Gガンダム」になったんだよ!!(激怒)
何、今更になってガンダム史のみならずロボアニメ史に大きな影響を与えた傑作『機動武闘伝Gガンダム』(1994)からもまんまパクって、オマージュないしパロディしたつもりなわけ?
本当に今の東映って悪い意味で白倉の思想が蔓延しすぎというか、「ディケイド」の失敗から何も学んでないところかますます痛い存在に成り下がってしまっているなあ、いつまで平成初期の頃の夢を見続けているのかね。
キャストも「俺がナンバーワンになってやる!」とかいうキャッチフレーズの割には全然そういう「力強さ」「前向きさ」みたいなのを全く感じさせないもやしっ子ばっか。
本気でやるんだったらこれくらいは最低でもやれよ。

「Gガンダム」はやることなすこと、まずはビジュアルからキャラからあらゆるモチーフが「既存のガンダム像をぶち壊してやる!」という意欲に満ちた革新的な作品だった。
しかし、それは決して宇宙世紀ガンダムの全てを蔑ろにして自分たちにとってだけ心地良い自主制作の同人フィルムを作っていいなどという思いで作られたものではない。
「Gガンダム」を隅々まで見た人はお分かりだろうが、あれは表向きガンダムシリーズそのものを脱構築しつつも、根底には多分に根強い富野ガンダムの残滓があった。
決して目新しいというだけではなく、初代に対する愛とリスペクトを決して忘れていなかったからこそ、富野ガンダムのファン(特に「1st」)も好意的に受け入れたのである。
まあ世の中にはそれを「逆シャアの焼き直し」とかってセンスも知性のかけらも感じさせない雑な言葉で評した輩もいるがね(怒笑)
それはともかく、スーパー戦隊シリーズの歴史において『鳥人戦隊ジェットマン』を超える革命的な作品はないわけで、「ファイブマン」〜「ダイレンジャー」の頃を知ってるはずの白倉がそれを知らないなんて口が裂けても言わせんぞ。
結局作り手の意図としては「Gガンダム」「龍騎」「ディケイド」「ジオウ」「スーパー戦隊最強バトル」辺りのバトロワものなんだろうけど、これらも結局「パターン破りのパターン化」に陥っているのだ。
最初は奇抜な手法というかコペルニクス的転回として評された方法論が時代を追いそういう手法を真似する作品が現れると、新鮮味が薄れてしまい単なる「手法の1つ=one of them」でしかなくなる。
とはいえ、じゃあそれに取って代わる方法論や手法の研究・勉強を白倉をはじめとする作り手が真面目にやってきたかというと、まあそんな殊勝な心がけなんざあのメンツが持っているとは到底思えない。
どうせ「井上敏樹の娘だから」という理由で脚本家を縁故採用したつもりなのだろうが、もはや「ジェットマン」「シャンゼリオン」のような「あの時だからこそできた脱構築」は今の時代もう無理なんだって。
狙いも見えている、どうせ白倉は最初から敢えて戦隊ファンに対する嫌がらせとして「ゴジュウジャー」を作って「どうだ?お前らの作った戦隊モノなんて所詮大したことはないんだよ。さあもっと怒れよ」と煽ってるつもりだろう。
そしてファンがイラついてXをはじめとするSNSで連日連夜叩いて炎上商法で戦隊でまたミームを作ろうとしている、まあお得意の炎上商法ってやつで釣ろうとしているのは火を見るより明らかだ。
そうやって尖った作品を作って戦隊ファンから敬遠されたものを作り、戦隊人気を復活させるか大衆受けしないでシリーズを打ち切りに追い込んだことにすれば彼らの思う壺とでもいうつもりだろう。
しかし、そういうのは所詮「取らぬ狸の皮算用(不確かなもうけ話を自分につごうよく考え、あれこれ先走ること)」でしかないし、そもそも井上・白倉のやっていることなんて全部再現性がない(悪い意味で)。
あくまでも商業作品という大枠をきちんと遵守し、限られたルールと制約の中で個性をうまく出して独自性の高いものを作り出すのが一流の仕事であって、好き勝手やった結果が個性的だとするのは三流の思考である。
少なくとも巨額のエンドースメントを投じてやるべきことではないのだから、もう始まる前からどうなるかなんてのはこの数年の戦隊の傾向と市場分析から簡単に予測ができてしまう。
そもそも真の強者やプロは決して自らのポジション取りにあくせくしないものだし、決して自らのことを「最強」だとか「ナンバーワン」だとか見せびらかしたりしない。
これがまだ「アギト」〜「555」をやっていた頃だったらまだ「反骨精神の現れ」で済むのかもしれないが、今年還暦になろう人が同じことを劣化した手段と見せ方でやっているのはもう擁護のしようがない。
やるなら勝手にやってくれ、そして勝手に失敗して自業自得で勝手に沈んでくれ、少なくとも今年還暦を迎えようとしてる人の気色悪いオナニーに付き合ってられるほど私は暇ではないので。
とりあえず私は粛々と『星獣戦隊ギンガマン』のレビュー・批評に向けて準備中なので、本作の記事はこれを最初で最後の記事としておこう。