25首連作『ヴァニーユ』(第3回U-25短歌選手権予選通過作品)
ヴァニーユ/早瀬はづき
vanillaの語源はvagina
鍵穴に似た花たちをたずさえるヴァニラ夜にも香りをたてず
いちど綴じたらもうひらけない本としてHistoires de Parfumsの瓶
蛇を踏むために聖書に足を置くテミスの像よ盲目のまま
かけらを月の脂と思うたそがれの色に焼かれたcroissantの
舌のような白木蓮のはなびらよ舌とは水の滲みだす器官
盗蜜といううつくしき執念に駆り立てられて熊蜂たちは
重力にあらがわないで垂れる藤みな禁色の花を咲かせて
左手をつばさ右手をくちばしとしてうつす影、白鳥の影
両腕を横にのばして自身をも見えない十字架のはりつけに
罪も名前も生まれもつものヴァニーユはわたしの肌に香りにくくて
花でみたした棺の底に閉ざされて人の身体が火に終わること
息ふかくあなたはねむる胸元に楽器のような肋をひめて
砂時計をいくつ逆さにしようとも時間は砂にならないけれど
花どきのあなたの肩を抱きよせるコントラバスをそうするように
火に終わる身体をもってするのなら薔薇と名前のつく革命を
ヴァニーユ キスも処刑も戴冠もなされるときはまぶたをおろす
Peter Paul Rubens《The martyrdom of Saint Peter》
スペアキーねむらせている天国の鍵をも一対であずかりしゆえ
しなやかにあなたが指を操作して利き手につくりだした小銃
L'homme n'est qu'un roseau. 肌を塗るときは下地に緑をひいて
燃え落ちるように力をぬいたときベッドはやわらかな展翅板
かなしみの単位は身体尺がいい たとえばぬるき舌の厚さを
はなびらのようにざらめく月光をむきだしの眼で見つめつづけた
目隠しをすれば右手と左手はこんなにもかたむいた天秤
ひややかに鳴るオルゴール巻きねじを急所をさらすようにさらして
vanillaの語源はvagina
血より深く暗く色づくヴァニラ・アブソリュートを焚きながら一夜を