カレンダーの向こう側〜農家のお茶の間〜 Vo7. 【舟生 里さん】野菜の美味しさを引き出す土づくり。お金の価値に、信頼関係が積み重なる
現在、農家プロデュース&デザイン集団の「HYAKUSHO」では、クラウドファンディングプラットフォーム「CAMPFIRE」を通じて資金調達に成功した「農家さんの 365 日をそのまま伝える HYAKUSHO カレンダー」の制作プロジェクトを実施中です。
カレンダーは、ひと月にひとりずつ農家さんをご紹介。農家さんへの取材から見えたストーリーを通して、農家さんと消費者を繋げることを目指し、2022年に向けてお届けできるよう、走り出しています。
WEB連載「カレンダーの向こう側〜農家のお茶の間〜」では、農家さんへの取材から見えた「つくり手の生き方」を、より詳しくお伝えしていきます。ぜひ読者の皆さんにも、農家さんと一緒にお茶を飲みながら、お話を聞いているような気分を味わっていただけると幸いです。
今回の農家さんは、長野県朝日村「さとわ農園」の 舟生 里(ふにゅう・さとし)さん。6年前に就農し、現在は年間70種類ほどの野菜を育てています。
心がけているのは、「野菜が子孫を残したいと思えるような住み心地のいい環境」を作ること。化学農薬・肥料を使用せず、必要な量だけの有機質・ミネラル肥料を使います。そんな安心安全な野菜を提供する理由は、お客さんとの信頼関係を積み重ねるためです。
信頼関係が「1000円に1000円以上の価値を持たせる」と語る、野菜作りの哲学について、お話を伺いました。
建設コンサルタントから農家への転身。土との関わり方の変化と今後の発展性。
舟生さんの前職は建設コンサルタント会社。新卒入社で働いていたものの、30歳手前になる頃「自分の一生をかけて従事する仕事はこれでいいのか?」と考えるようになりました。そして、自然と行き着いたのが、実家でも兼業で従事していた農業です。
農業法人やスイスの酪農家のもとで、およそ4年間の研修の後、奥様の故郷の長野県で就農準備に入ります。条件だった古民家がある土地を探した結果、朝日村が拠点となりました。
2015年の1月に独立。まだ野菜を作付する前にもかかわらず、県内のレストランや企業へと、営業を始めました。
「野菜ができた後に、買い取ってくれる人を探すのでは時間が足りない。野菜の収穫は待ってくれないですから。レストランなどに『こういう野菜を作る予定だから、買って欲しい』と足を運びました。できることをやらなければ、と思って。」
すると、夏に向けて数社のレストランや商社とつながることができました。現在のメインの販路となる、愛知県のスーパーへと繋がる商社とも、この時に出会いました。
さとわ農園が有機栽培の路線をとった理由は、これからの消費者ニーズと、スイスの酪農家で見た、家畜から堆肥、堆肥から農作物や飼料作物への循環システムへの共感です。また「土の力を引き出すことは心地よい」という感覚も大きかったのだそう。
「コンサルタント時は、土木工学や建築学をもとに、建物や構造物を建てるために、いかに土を硬くするか、というところに課題がありました。」
一方で農業は、野菜を生物として捉えた時の、土の質を見る植物生理学です。農業における土や野菜についての勉強は、植物生理学を通して続けます。
「土を扱うことには変わりはありませんが、学問的には、ガラッと変化がありました。」
今後は、農業が他領域で活用できる可能性を探ることを考えています。
「農業が、別の分野で活用できる機会があるのなら、やってみたいと思っています。農業とかけ離れた業態とのコラボレーションです。例えば、キャリア研修内での農業体験ですね。普段農業に触れない方が、農業体験によって得られる価値観があると思います。農業の多面的価値を、見出したいですね。」
野菜本来の、苦み・えぐみのおいしさを伝えたい
さとわ農園のモットーは、食卓に幸せを送ること。野菜のおいしさによって、誰でも料理上手になれる野菜を目指しています。
そんな野菜に持たせたいのは、豊かな香りや味わい。野菜本来の、えぐみや苦みも大事にしています。
「えぐみや苦味は、絶対に欠けてはいけないピースだと捉えています。
例えば『レタスってこういう味だよね』と合点できるような、レタスらしいレタスをお届けしたい。そして同時に甘みも感じられるものにしていきたいんです。」
一般的には、えぐみや苦みはマイナスイメージを持たせるもの。そのような味わいは嫌われがちですが、野菜においてのえぐみや苦みは、栄養を示すものなんだそう。
「カリウムや鉄分などのミネラルは、えぐみや苦みとなって味に現れるんです。本来は人間にとって必要なものですし、おいしく感じるはず。
しかし化学肥料などで、土の中にある栄養分を人工的に偏らせてしまうことによって、例えば野菜の中のひとつの栄養分だけが、ぐっと高くなってしまう。そうすると、その栄養分が持つ味だけが、とても強くなってしまうために、強い苦味やえぐみとなって現れてしまいます。
そうすると、おいしいはずのえぐみや苦みは、もはやおいしいとは言えません。えぐみや苦みが嫌われるのは、そこが由来だと思います。」
化学農薬や化学肥料を使用してしまうと、野菜本来のおいしさからは離れてしまうため、さとわ農園ではそれらに頼りません。野菜や土を観察して、時には必要な量だけの有機質肥料やミネラル肥料を与えながら、土の質を調整します。
舟生さんが注力するのは、野菜の住み心地を考えた土づくりです。
「野菜は、種を残すために実をつくりますよね。だから、野菜たちに子孫を残そうと思ってもらえるには、どうするべきなのか考えています。」
土からの養分を野菜に吸い込ませて、葉っぱの中で養分を消化、光合成によって糖分に変えて成長の糧にするシステムを支えます。基本ですが、野菜の住み心地にとって、とても大事なことです。
「野菜本来の複雑で幅広い雑味を、食卓で楽しんでもらいたい。おいしいえぐみ・苦味を出すために、農家として畑で何ができるのか、考えています。」
1000円の価値が、1000円以上になる
さとわ農園の販路は、基本的には商社やレストラン。そのほか個人客にも、宅配や直売を行っています。
個人の方とやり取りする際の醍醐味は、信頼関係を築けること。
「とあるお客さんは、雨が降り続けると『さとわ農園大丈夫かな?』とうちのことを考えてくれる時間があるみたいなんです。
そのお客さんは、天候には左右されない生活のはず。それなのに、自分事のように気持ちを向けてくれていることは、嬉しい信頼関係ができていますよね。」
お客さんとの間に交わされるのは、野菜とお金だけでない。信頼が積み重なる、とのこと。
「信頼関係があれば、野菜を取引するためにお金をいただく際、例えば1000円だった場合、1000円という金額に、それ以上の重みや価値が生まれるんです。
お客さんも同様で、1000円という金額を見て野菜を買うかどうかの判断をしているのではなくて、野菜の味も含めて『この人の野菜だから買おう』と認めてもらえているんですよね。
ある意味、お金を超越しているような感覚。その信頼に応えるためには、安心、安全、おいしいものを作ることが必須課題となります。互いの信頼関係を担保するためのものです。」
「お金に、信頼関係という色合いが付く」と舟生さん。お客さんとの信頼関係や、農業の多面的価値が、農業においての喜びや、やりがいを作り上げていきます。
舟生 里
1984年茨城県生まれ。移住先である信州朝日村で新規就農して6年目。年間70種類程度の季節の野菜を夫婦+数名のアルバイトさんにて栽培。植物生理に基づいた野菜へのアプローチを大切にし味わい深い野菜をお客様の食卓へ届ける事を使命としている。農作業体験希望者を受け入れるための宿泊スペースを作るべく奮闘中。
さとわ農園
https://www.instagram.com/satovanouen/?hl=ja