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カレンダーの向こう側〜農家のお茶の間〜 Vo8. 【稲垣 雅洋さん】土地の特色と、クオリティの高さ。それらのバランス感覚を持つ、正直なワイン。

現在、農家プロデュース&デザイン集団の「HYAKUSHO」では、クラウドファンディングプラットフォーム「CAMPFIRE」を通じて資金調達に成功した「農家さんの 365 日をそのまま伝える HYAKUSHO カレンダー」の制作プロジェクトを実施中です。

カレンダーは、ひと月にひとりずつ農家さんをご紹介。農家さんへの取材から見えたストーリーを通して、農家さんと消費者を繋げることを目指し、2022年に向けてお届けできるよう、走り出しています。

WEB連載「カレンダーの向こう側〜農家のお茶の間〜」では、農家さんへの取材から見えた「つくり手の生き方」を、より詳しくお伝えしていきます。ぜひ読者の皆さんにも、農家さんと一緒にお茶を飲みながら、お話を聞いているような気分を味わっていただけると幸いです。

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今回の農家さんは、長野県塩尻市で「いにしぇの里葡萄酒」を営む稲垣 雅洋(いながき・まさひろ)さん。2006年より、塩尻駅前でワインバー「BrasserieのでVin」の運営を開始し、同時期より、生まれ育った北小野地区でぶどう栽培を手掛けていきます。そして2017年にワイナリーを立ち上げました。

バーのオーナーと、ワイナリーの二刀流の経営でしたが、2021年5月より、ワイナリー1本にシフトしました。

「北小野地区の個性を活かしたワイナリーにしたい」と語る稲垣さんの想いや、今後の挑戦について伺いました。

果樹不毛地帯で、ぶどうを育てる

都内飲食店で料理人として10年ほど務めて、28歳で塩尻市へとUターンした稲垣さん。飲食店を出したいという漠然とした夢を掲げながらも、次のアクションは決めていなかったのだそう。ハローワークで見つけた「信濃ワイン」のぶどう収穫の季節アルバイトを始めました。

「飲食店でワインを扱っていたこともあり、ワイン醸造には興味がありました。
塩尻市のワイン醸造が有名なことは、帰ってきて再認識したんです。僕は高校を卒業してすぐ上京したのですが、未成年だからか気にもしていなかった。それに、当時都内では日本ワインの流通量は少なかったですから。」

信濃ワインで働き始めてすぐ、塩尻市に新しく設立された「kidoワイナリー」の城戸さんと出会います。そこで、無理を言って手伝いをさせてもらえることになりました。

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昼はぶどう栽培、夜は塩尻市や松本市の飲食店を巡る生活。その中で感じたことが、後に開店するワインバーの方向性を決めました。

「城戸さんのワインを飲んだとき『日本でこんなに美味しいワインが作れるのか!』と、衝撃を受けたんです。
地元には、クオリティの高い塩尻産ワインを扱う店があまり無かった。塩尻ワインが揃う店を自分で作りたい、と考えました。」

2006年3月6日に、塩尻産ワインを中心としたワインバー「BrasserieのでVin」をオ―プン。そして、同時期に「ピノノワール」という品種のぶどうを、生まれ育った塩尻市北小野地区にある、実家の畑に植えました。

「ぶどう栽培に携わって感じたことは、ワインができる裏側のおもしろさです。ワインはレストランなんかで、着飾って優雅に飲まれることが多いじゃないですか。僕はずっとそちら側からしか見れてなくて。

一方で、畑は大変。冬の雪中での剪定から始まり、真夏の草刈り、防除、秋の収穫まで、天候を気にしながら行われる自然との対話です。

城戸さんのお手伝いをさせていただきながら、最も強く感じたことは、ワイン作りは『農業』だということ。そのギャップに魅力を感じました。」

塩尻市の中心部にある桔梗ヶ原地区は、世界的に有名なぶどう産地。しかし北小野地区は、ぶどうはもちろん果樹栽培がされてきた歴史はなく、厳しい寒さのため、果樹不毛地帯とも呼ばれていました。

標高が高く、春まで霜が降りることも少なくないため、芽が出ても霜にあたって枯れてしまいます。

「冷涼な気候にも比較的強いという品種『ピノノワール』に挑戦しましたが、ど素人には難しい品種でした。9割枯れちゃいましたね。ピノノワールは難しいという事は、後から知りました(笑)。」

ワインは信用の積み重ね。期待を超えるワインを提供し続けたい


本格的にぶどう栽培を始めた結果、2014年に70㎏ほどを収穫。「VOTANO Winery」の坪田さんに頼み、委託醸造してもらえることになりました。ついに自分のぶどうを使ったワインができあがります。

「でも、『自分が作ったこのぶどうを、自分でワイン醸造したら、どんな味になるんだろう?』って作りたくなっちゃったんですよ。」

その思いから、塩尻市主催の「ワイン大学」に通ったり、市内のワイナリーさんで研修したりと勉強を重ねます。果実酒製造免許を取得した同年の2017年12月に、稲垣さんのワイナリー「いにしぇの里葡萄酒」から、初めてのワインがリリースされました。

「初醸造は大変でしたが、塩尻市内のいろんなワイナリーの方やワイン大学の仲間に助けてもらいながら、何とかうまくできました。使ったぶどうは仕入れてきたナイアガラ。甘口が正解だと思っていたので、それを表現できたかな。評判も上々でした。」

翌年2018年8月には、自社農園で収穫したメルローをリリースしました。

「味の仕上がりは想定と異なっていたのですが、ぶどうが良かったおかげで、醸造の未熟さをカバーしてくれました。ぶどうが助けてくれました。」

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「いにしぇの里葡萄酒」では、毎年ぶどうの状態を見ながら醸造方法を変え、常にその年の最良を模索しています。同じものはひとつとして作られないことは、ぶどう100%であるワインの魅力です。

「毎年、ワインの名前や値段を変えています。実際に飲んで得られたインスピレーションから名付けをし、ワインの質が良いときは値段を上げて、ダメだったら躊躇なく下のクラスに降ろします。『昨年の○○が欲しい』と言われても出せません。

そして、コストパフォーマンスはとても重要。期待の少し上を提供できるように心掛けています。信用の積み重ねがとても大切だからです。」

自分らしく走れる、醸造家の道

2021年の5月、15年やってきたワインバー「BrasserieのでVin」を閉店しました。今後はワイナリーに注力し、北小野地区の魅力を発信していきます。
料理とワイン醸造は、共に「つくってお客さんへ提供すること」ですが、性質がガラッと異なります。

「料理は短距離走、ワインは長距離走だと思います。料理は毎日短距離を全力で走るようなもの。時間が勝負で、最後の塩ひと振りが、味の決め手になったりする。

一方で、ワイン作りは長期に渡ります。1年かけてぶどうを育て、9~11月の仕込みで上手くいかないと、その後のリカバリーが難しいんです。樽熟、瓶熟なども考えると、長い期間、我慢強く向き合うという感じ。

スポーツでも短距離走よりもマラソンが得意でしたし、自分には瞬発力より、持久力の方が向いてるのかなと思っています。今後は、ワインにじっくり向き合いたいです。」


いずれは実家の古民家を改装して、フランスの田舎にあるようなワインと料理を楽しめる宿泊施設「オーベルジュ」の運営も見据えているのだそう。稲垣さんの料理とワインを、同時に味わうことができるかもしれません。醸造家の道を、稲垣さんらしく走っていきます。

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この土地の個性を活かしたワインを造る

今後の稲垣さんが目指すのは、この北小野地区ならではの、味わいを持つワインです。

「北小野地区では、ピノノワールやケルナーなど、比較的冷涼な地域に適するドイツ系の品種があっているのかなと思います。最初はアドバイスどおりに植えた品種ですが、栽培してきた経験でも、そう言えます。

塩尻の桔梗ヶ原地区で穫れるメルローやシャルドネは、天候が良い年でないと、こちらでは、なかなか難しいですね。完熟するものでないと、良いワインはできません。」

ピノノワールは、100の花をまとめた花束のような香りとも言われる、華やかな香りが特徴です。熟成すると、キノコや腐葉土のような香りも加わり、複雑な香りになります。軽やかで、エレガント、繊細な味わいです。

「北小野地区のワインはこういうものである、と明確に言語化はできていないのですが、地域の特徴を見つけて、この地で育ったぶどうを、いかに醸造すべきか試行錯誤していきたいですね。ぶどう栽培に全力で取り組み、その年収穫した最良のぶどうを用いて、試行錯誤しながら高品質なワインを作っていきたいです。

良いものが出来れば産地が評価されます。その土地に合ったものができれば、北小野地区にも注目が集まるかもしれません。

塩尻市内の各地区が、それぞれの特徴を表現しながら、各ワイナリーが一丸となって、塩尻市全体で盛り上がっていければいいなと思います。」


北小野の土地の個性をワインで表現しつつ、クオリティの高さを追求しながらファンを増やし、信用を積み重ねること。この絶妙なバランス感覚を持ちながら、ワイン醸造の道を、少しずつ丁寧に走っていきます。

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稲垣雅洋

北小野地区で、現在は8品種のぶどうを栽培しながら、ワインを作る。塩尻市のぶどう栽培地区の中でも、最も標高が高く冷涼な北小野地区で、土地の特徴を生かし、個性を表現出来るワイン作りを目指している。「まだ生産量が少なく、ピノ・ノワールやリースリングなどはなかなか手に入り難くなっていますが、少しずつ増やしていきたいと考えておりますので、是非一度飲んで頂ければ幸いです。」

いにしぇの里葡萄酒」 

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