臭くてもいいじゃない
「だめだ、だめだ、今日はやめだ。メロディひとつできやしない。」
彼女は大きな声でお風呂場で歌っていた。
「おーい。聞こえてるぞ。」
「いい歌でしょ。この歌。私思うんだよね。心が弱いって実はメリットなんじゃないかって。だって心弱い人が書いた歌ってこんなにもいい歌なんだよ。」
彼女は少し感傷に浸っていた。
「勝手に歌詞書いた人が心弱いって決めるな。」
「あ。そりゃそうか。けどさ、進。私は歌手で生きていく!って、人生を歌にベットした人達ってすごくない?私には出来ない。」
東堂進―僕の名前だ。
「なんだよ。急に。」
「私はさ、昔フルートやってたんだ。けど、周りに沢山いる凄い人達見て、あー私ってフルートは向いてないんだって思って辞めたの。それで今はしがない会社員です。」
「うーん。美貴って巡り合わせとか信じたりする?」
「あ。私の感傷モードに入ってる。」感傷に浸っていたことは自分でも気づいていたみたいだ。
「もし、美貴の心が強くて、フルートを続けていたら僕と出会わなかったよ。沢山の確率を通り抜けて、僕たちって出会ったんだよ。だから、しがない会社員とか思うなって。」
「あ、それにさ美貴もフルベットしてるじゃん。」
「何によ。」
「俺に。」
「え?」
「俺と結婚してくれた。それって俺に人生賭けてるじゃん。」
「もーそーゆーことじゃないの。」籠った声で彼女は少し恥ずかしそうに返事をした。