亘とドラム式洗濯機
話題になっていたので、ラストマイルを見た。恐らく、ほとんどの観客と同じような感想を抱いた。
一方で、私は最初から最後までずっと、配送ドライバーの親子に目を奪われていた。以下、ネタバレあり。
配送トラックに乗る老人(昭)と、隣のおじさん(亘)が親子だと気付いたのは確か、あるマンションでインターフォンを押しても誰も出ず、ボックスに荷物を入れた時。老人が言葉遣いが妙に馴れ馴れしくて、ああ、親子なのかと腑に落ちた。(その後、親子という描写がある)
老人はこの道何十年と言わんばかりのプロ臭を醸しだし、息子の亘はまだ見習いといったところだった。うだつのあがらない息子の世話を焼いている、うだつのあがらない父親という構図。
ただ何となく、この2人には爆発に巻き込まれて死んでほしくなかった。
「やっちゃんなんか、昼飯を10分で食べて、車の中で寝て、一日200個配達したんだ。昼飯に1時間もかけるな」
「でも、やっちゃん死んじゃったじゃないか。働きすぎだろ?親父は会社にめちゃくちゃ尽くして、プライド持って仕事してるけど、親父のことは誰が守るんだよ」(うろ覚えでほぼ意訳)
亘、意外とお父さん思いでいい子だ~、この親子に本当に何も起きて欲しくなかった。けど、ここまで細かく描写するなら、何かあるんだろうなとも思った。
劣化のせいで、爆発物が、開封ではなく少しの衝撃で作動すると警察が気付いた時、「あ、あの親子がマズい」と一瞬で悟った。
衝撃で作動するなら、自分が監督ならこの映画で一番作動させたいのはあの親子がトラックに荷物を詰めている時だ。
実際、そうではなく、配送所で荷物を運ぶ最中に爆発物が落ち、手伝っていた亘が吹っ飛ぶ形となったが、幸い軽い怪我で済んだようで本当に安心した。もうこの親子の辛い役目は終わりだと、胸をなでおろした。
違った。彼らはラストに大役を任されていた。ラストマイルだけに(笑)
一番最初、不在の故マンションの宅配ボックスへ入れた荷物が最後の爆弾だった。シングルマザーは娘が買ってくれた誕生日プレゼントだと、ウキウキしながら宅配ボックスへ娘と荷物を取りに行く。
その他全員が、それが爆発物だと気付いた瞬間、届けたマンションを覚えていた昭・亘親子は、全速力で彼女達の元へ向かう。
さすがに、あのシングルマザーは背景描写が不憫すぎて、愛娘が自分のために買った誕生日プレゼントで爆死し、家もろとも吹き飛ぶというのは、あまりに酷すぎて、そんな脚本は作らないだろうと思った。
だけど、亘が爆発物を抱えて一人で風呂場に駆け込み閉じこもった瞬間、「亘、お前もダメだーーーーーーーーーーっ」と心の中で叫んだ。
亘は、以前の勤め先である、倒産した日ノ本電気の製品を愛していた。父親の同僚にも、日ノ本電気製品の高品質さを熱心に、愛を持って語っていた。
「品質は本当にどこにも負けません。だけど、価格で他社に負けちゃって、部品も廃盤になっちゃって、もう作れないんですけどね…」
彼は、爆弾を抱えて閉じこもって、一人で死ぬつもりだったのだ。
そこで、偶然入った脱衣所で、日ノ本電気のドラム式洗濯機と出会った。
彼は、信じたのだ。どこにも自社製品の負けない品質を。
信じられたのだ。必死に向き合って、愛して、作ってきたから。
もしくは、心中するつもりだったのかもしれない。
ドラム式洗濯機に爆弾をぶち込み、亘は生き残った。
「奥さん、いいモノ使ってますね」
一方は、速く、少しでも多くの品物を顧客へ届ける。そのための手段は厭わない、とにかく速く。品物は二の次。どう作られたのかわからないモノを、自分達が作っていないものを、何を運んでいるかわからない状態でとにかく運ぶ。
一方は、自社製品に誇りを持ち、愛を持って作り、自分の命も懸けられた。
どちらもこの世の中では必要だ。前者は、"必要になってしまった"のだが。
だけど、
だから?、
私は、亘とドラム式洗濯機の関係性が、どうしても美しいと思ってしまった。
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