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空港と航空の区別がつかないのは、自分だけではなかった。 【にほんご迷子29】

昔から、空港と航空を区別できない。当然、その意味が分からないのでは無い。自身が発話する際、その音声自体が、脳内で混同するのだ。

例えば、
羽田空港を「はねだこうくう」と言ってしまうし、
航空写真を「くうこうしゃしん」と言ってしまう。

正直、上記の文を入力するだけでも、
『アレ?どっちだっけ…』と時間がかかってしまった。

これは、自分だけの現象なのだろうか?
と思ってネットで調べたが、同様の事例や質問は見当たらない。

一体、この現象の原因、そして正体は何なのか…


▪️まず、音の響きが似ている

音韻転換という現象がある。雰囲気が、正しくは「ふんいき」なのに「ふいんき」と言われてしまう…というやつだ。音が部分的に入れ替わっている。「こうくう」と「くうこう」は丸ごと入れ替わっているのでこの事例には合致しないが、入れ替え前後の音の響きが似ているという点では、共通している。混同し易い要因として、まず間違い無いだろう。

▪️想起されるビジュアルが同じ

調べてると、空港と航空の意味の違いを尋ねる人もごくまれにいる様だ。その気持ちはわからないでも無い。両者とも、ほぼ飛行機限定のワードだ。そして飛行機で連想するのは大抵は旅客機だろう。では旅客機と聞いて思い浮かぶのはどんなシーンだろう。空港とセットになってる筈だ。実際、旅客機は空港でしか間近で見れないのだから。意味が違っても、両者が想起させるビジュアルは共通だ。これが音の類似性とコンボする事で、ますます混同し易さが促進される。

▪️実は、間違えていない可能性

私は、音声に限って「空港」と「航空」の区別が付かない。それは「話し分け」だけでなく「聞き分け」も出来ないと言う事だ。
例えば、自分が正しく「こうくうしゃしん」と言ったとする。しかし、自分の声を聞く自分の脳は、その音が「こうくう」なのか「くうこう」なのかを、咄嗟に判別できない。つまり私は、自分が間違えたかどうかすら分からないのだ。

アレ?待てよ…
『本当は、間違えてないんじゃないか?』



空港と航空の区別が付かない自覚は、昔からあった。その事を妻に話すと

「ふーん。私は絶対そんな事ないけど…全然違うし」

と言われたものだ。当時妻は、旅行会社に勤めていた。絶対間違えないという自信は本物だろう。それにしては不思議な事がある。その後十数年来、一度たりとも間違いを指摘された事がないのだ。身内以外ならいざ知らず、平素から私のささいな失態を指摘しまくる妻が、自身の専門分野である「くうこう/こうくう」の言い間違いを見逃す訳がない。しかも、私は事前に間違えがちだと情報まで与えている…

という事は、間違えていない可能性もあるのだろうか?いや、流石にそれは無いだろう。なにしろ区別が付いてないのだから、確率から考えても、これまでの発話の全てが全問正解などあり得ない。

という事は…

想像だにしなかった結論が、見えてきた。

『私以外も、実は区別がついていない?』



🔽そして、謎が解ける

妻から、これまで指摘されなかった理由は一つしか無い。彼女自身も「こうくう」と「くうこう」の区別がついていないのだ。つまり、咄嗟に聞き分け出来ていない。聞き分け出来なてないのだから、指摘もしようがない。しかし、私と彼女には明確な違いがある。妻は、自分が区別できてない事に気付いていない。まあ、当たり前だろう。なにしろ区別出来てないのだから、人に指摘されない限り気付きようがない。そして私には指摘が出来ない。しかし彼女は旅行会社に長年勤めていた。同僚や顧客からその事を指摘されない筈がない。という事は結論は一つだ。

全員、区別がついていない。

そして

その事に、私以外誰も気付いていない。

そして、それを証明する術もない。

何しろ、区別が付かないのだから…


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