傷痕には硝子片が埋まっている

(※微グロありです。苦手な方はご注意ください)

午前4時、目が覚めた。もう二度と訊く事のできない真相に胸が苦しくなった。

学生の頃、バイト先で二人きりになった時、彼女は私の腕に残る傷痕にそっと触れてきた。私はそれを「別にたいした事じゃないよ」と言ってはぐらかしたが、本当は彼女が、自分の傷について訊いて欲しかったのだという事を知っていた。

彼女の身体には、割れたガラスを浴びたような傷跡がいくつもあった。彼女は私の前ではそれを気にするでもない様子だったが、華奢で繊細な彼女の、一点の染みも無いシルクの様な肌に唐突に顕れる、惨たらしく鉤爪で引き裂いたような傷痕に、私は嫉妬と羨望の入り混じって歯ぎしりをしたくなるような情動を覚えていた。彼女に一生の痕跡を残した事実と正体に、私は一種の絶望に近い恐怖を感じて、息を呑んで破裂しそうな感情を押し殺す事しかできなかった。――興味という名の、無邪気で獰猛な獣の鎖を外したら、互いに無事では済まされない気がしていた。

それは事故によるものだったのかもしれないし、自傷だったのか、或いは誰かの故意によるものだったのかもしれない。その可能性について想像する事すら、――特に後者だ――私の胸中を掻き乱してズタズタにした。――『春琴抄』の”こいさん”の視力を奪った者があるならば、――それは彼女が最後に見た光景に違いなくて、それを知ったら佐助は、それ以上の事を――彼女の眼球を、永遠に閉じられたその美しい眼瞼の下から穿り出して、喰わなければならない。――もっと烈しく傷つけあう事でしか痕跡を上書きできないと思っていた。

だから私は一番マシな想像をすることにした。――原因は、地震でも噴火でもいい、自動車事故か、あるいは彼女自身から飛び込んでいったのかもしれない。――とにかく勢いよく飛散する無数のガラス片が、水晶のように神秘的に美しくキラキラと輝きながら、悪意無く無垢の彼女の皮膚を突き破って、その下に埋まったのだ。――可憐で瀟洒な彼女をそれたらしめているのは、その傷跡の下にガラスの破片を秘めているからなのだと。

“彼女の傷痕の下には硝子が埋まっている!”

私は一心不乱で穴を掘る仔犬のように彼女の傷跡をほじくり返して、血まみれのガラス片を取り出し、目の中に入れるようにして恍惚と鑑賞したかった。でもそれは許されないから、その衝動を全て飲み込むべく、そっけないふりをした。彼女を置き去りにしたまま……

昨日の夕方、何故かリュックの中に、ガラスの破片が入っている事に気がついた。それも一つや二つではない、ひっくり返してみると、大粒のコーヒーシュガーぐらいの透明な結晶が、十数個ポロポロと出てきた。一体何に由来するものなのか皆目見当がつかない。しかしその破片を手のひらに載せてまじまじ眺める内に、私の傷に触れた彼女の涙がぽろぽろとこぼれて結晶になる幻覚を見た。


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